おとうさん
ただ、高校へも上げてもらい、いよいよ就職を考えた時、国防海軍を志した俺を父さんは制した。国防海軍なんて入らず、お前は大学にでも行って、女を抱いて、夜遊びをして、そこそこ勉強してそこそこの仕事をすれば良い、と珍しく口を出した。俺も父さんのようになりたいんです、と青臭い使命感のようなものを背負って目を輝かせる俺に父さんは片頬だけで皮肉な笑みを浮かべて言った。
―――お前には無理だ。お前は優しすぎるから、と。
そんな折、父さんが海で死にました。
あなたもニュースで聞いたでしょうが、乗っていた国防海軍の船が某国の魚雷で沈められたのです。そういえば今の滝首相が海軍学校の後輩だったとかで、何度か顔を出してくれました。遺体など当然出てこなかったので、空っぽの棺で葬儀を挙げて、残った時計やらの遺品を墓に収めた“ごっこ遊び”みたいな葬儀でしたが、俺はそれで良かったような気もしています。昔から父さんはどこか遠い人でした。いつかひょいっと居なくなってしまうような気がしていました。母さんはずっと泣いていました。けれど、俺は、なんだかあるべき場所へ帰ったような気がしていて、不思議とそう悲しくはないのです。
それで結局大学へ進学しました。
父さんが最後にこだわった事だから、という気もしていましたが、実のところはやはり根が小心者だという自分に気がついていましたから。
そこそこ勉強して、そこそこ悪いこともして、そこそこ親切もしました。
そうして目立たぬ成績で卒業して、今は銀行員なんてやっています。秋には結婚しようと思っています。
身の丈に合った、分相応で幸福な生き方だと思っています。
堀田さんも、どうかお元気で。
また父の命日にはいらしてください。父がきっと、待っていますから。