果てに落つ
衝撃で輿から吹き飛ばされ、地面に倒れた大谷は、仰のいた姿勢でごぽりと血の塊を吐く。反射的に身を起こそうとして全身を襲った痛みに呻き、流れ出た朱に掌が滑り、大谷はその場に身体を投げ出したまま動けない。何が起こったのかわからなかった。血に濡れた槍を手元に引き寄せ、言葉を失くして立ち尽くした男が直前に放った言葉が何であったか、それすら思い出せなかった。
我は……死ぬのか……?
大谷が思ったのはそれだけだ。
大谷が思い起こすものはただひとつの声だけだった。
刑部。
他へ向けるよりも少しだけ柔らかい音で呼ばれるたびに、病の巣食った身の内へと降り積もっていったものの名を、大谷は知らない。だがひとつだけ理解した。大谷はこの瞬間に、見えぬふりをしていたものを初めて自覚した。
不幸ではない。降り注ぐ凶星ではない。悲嘆でも慟哭でも絶望でもない。
求めたものはとうに与えられていたのだと。
畏怖もなく嫌悪もなく透き通る声で我を呼んだ。
三成。
―――三成。
声に出せないまま唯一の名を呼び続けた大谷は、仰のいた先にひとつの影を見つけた。大谷がいる戦場よりも上方向の切り立った崖に立つ、日蝕に翳る空を背にしてなお淡く輝く立ち姿を。
その男は、胴に傷を負い瀕死の状態で己を見上げる大谷を、静かに見下ろしていた。悲嘆の声をあげるでもなく、駆けつけようとするでもなく、ただその顔から一切の感情を削ぎ落して大谷を見つめていた。
それを見返した大谷は朱に染まった唇を歪め、ヒ、と小さく笑った。
ああ当然だ、どれほどにもっともらしい言葉を費やそうとも、あの男を前にして三成が後方に控えているはずがない。
聞いていたのであろ、三成。
大谷は笑いながら、知らぬうちに顔を歪めた。
―――哀れな、男。最後に残った我にすら裏切られた。
カワイソウに。
男が嘆かぬこともその冷たい容貌の乱れぬこともどうでもよかった。ただ心がその姿から離れない。
三成、三成。そうよ、ぬしは細い正気の糸を、決して手放しはしなかった。いっそ狂わせろと嘆きながらも変わらずに我を信じ続けた。愚かしくも哀れでいとおしいただひとりの、
――ぬしを残して、逝くのか。
色を失っていく視界の中で、大谷は震える腕を宙へと伸ばす。
眼を向けた先、その男の顔はもはや影になって見えない。その影の更に遠く、暗澹たる天には星のひとつも見えなかったが、大谷は初めてその不在を喜んだ。
ぬしにだけは、滅びの星など見えずともよい。
「……三成……」
ぬしは。
ぬしだけは。
殺してくれるな、徳川。
病んだ細い腕が力を失い、地に落ちる。それと同時に、かろうじて宙を彷徨っていた数珠が、主を追って次々と地面へ落ちた。かつんと軽い衝突音が、八つ。
ひび割れたそれは、二度と自在に動くことはない。