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老婆の手 ほか

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3. 夏の終わりに

川を渡って木立を抜けて、遠い記憶を頼りに道なき道を進むと、確かに「それ」はあった。
おおい茂る木々に包み込まれ、森の奥でひっそりと眠る朽ちた砦――「それ」こそが、かつて世界を救ったという勇者の育った砦であり、また「彼」が幼い子供だったころに所属した傭兵団の本拠であった。

「――本当に、残っていたんですね」

砦を前にして、男は感嘆の声をあげた。
砦が残存していることは確認していたものの、いざこうして建物を目前にすると様々な思いが胸をかける。

ここを後にして、どれだけの月日が流れたのだろう。恐らく500年は経っていると思うが、今となってはもう正確な数字はわからない。旅立って十万回目の夜明けを迎える頃には、いちいち時を数えることもなくなってしまった。

***

自分は嘆くためにここに戻ったわけではない。そう言い聞かせ、苔むす岩肌を横目に歩み始める。足取りは、重い。

砦の主がなぜここを捨てたのかは知らない。調べることはたやすかったが、知ろうとは思わなかった。
それが人懐こい人々の死を認めたくなかった故と気付いたのが、つい最近のこと。

冷たい石壁をそっと指の腹でなぞる。

あちこちを注意深く見ても戦闘の跡は見つけられなかった。また、砦がほぼ無傷で残されているにも関わらず、生活を感じさせる痕跡も皆無に等しく、直前まで暮らしていたのであれば当然あると思われる雑貨の類――例えば、食器であるとか衣類であるとか――も見当たらない。

(――老朽化した砦を捨て、どこか別の場所に拠点を移したのかもしれない)
思い至らせた内容に、ほんの少し口がほころんだ。

とうの昔に儚くなった人たちだというのに、まだ自分の中では殺しきれぬ人たちなのだと気づかされる。

***

「……それ、あの元デイン王と同じもの……なんだよね?」
「また藪から棒に……。それがどうかしたんですか」

――遠慮がちに問い質す声に、本当の答えを返すことが出来ていたのなら。

「いやさ、お前いつまでたっても若いよな。実はこっそり生気とか吸ってねえか?」
「……寝言は寝てから言うものですよ」

――死刑宣告にも似た言葉に震える肩を隠しながら、ようやく返した言葉を取り返すことが出来たなら。

「少しも変わらないね。まるでそこだけ時が止まってしまっているみたいだ」
「弟に感化されたんですか?あなたはもう少しまともだと思っていたんですが」
「いや、俺もそう思うな。もう10年になるが、ちっとも変わりやしねえな。昔と同じ、ガキのまんまだ」
「……あなたまで。言っておきますが、生気を吸って若返るなんて呪法、おとぎばなしの中にしか存在しませんよ」

――小柄な魔道士をからかう言葉がいぶかしむ声に変わっていった頃、黙って姿を消さなかったなら。

あるいは、この景色を違うものとして見ていたのだろうか。

***

あの頃の自分は、あのお人好しの傭兵達が好きだったのだろう。口では仲間などいないと言っていても、彼らとの絆は失いたくないと思っていたのだろう。
そう、好きだった。厭われたくはなかった。だから逃げ出した。自分自身ですら受け入れられぬ呪いを、赤の他人に受け入れてもらえるとはどうしても思えなかった。

もし、あの時彼らを信じられたのなら、今とは違う道を歩めたのかもしれない。
彼らと同じ時に生き、喜びや悲しみをわかちあえたのかもしれない。

浮かぶ想像を鼻で笑った。時は戻らない。失ったものは還らない。陳腐な感傷だ。

一人で生きることは辛くない。もう慣れてしまった。
ただ、ふと思うのだ。
もし、あの時彼らを信じられたのなら、今とは違う道を歩めたのかもしれない。彼らと同じ時に生き、喜びや悲しみをわかちあえたのかもしれない。あの時、本当のことを話せていたのならば、今とは違う生き方も出来たのかもしれない、と。
(――馬鹿な)
浮かんだ考えに苦笑し、かぶりを振る。今の自分はどうかしている。
過ぎた時は戻らない。失ったものは還らない。手をさしのべた子供はもういない。瞬くような間で――とうの昔に土に還ったではないか。

歳を重ねるごとに人との交わりが減った。
古くからの自分を知るものはほとんどいない。皆、死んでしまった。
今では数少なくなったかつての戦いの生き残りであり、同じ時の流れを生きる"同族"も随分老いたようで、風の噂に王の代替わりを聞いた。

永い時を生きてきた自分に、ようやく老いが訪れようとしている。
嬉しさから来たものか、恐ろしさから来たものか、気付けば無性に泣きたい気分だった。

おのれですらも老いゆくような長い長い時の果てに、砦はゆるやかに朽ちていくのだろう。
己が斃れるのが先か、はたまたこの堅牢な砦が朽ちるのが先か。
――いや、おそらくは、後者。
当然の帰結を思い浮かべ、口元が歪にゆがむ。
時は無常に過ぎて、何もかも僕を置いていく。思い出にすがろうにも、そのよすがさえ時の流れに奪われていく。

そう、呪われたこの身は、愚かな感傷に浸ることも許してはくれないのだ。

「はは、ははは…」

頬に伝う涙は、誰がためのものか。

移り行く季節はとどまることを知らない。
割れた窓からは夕暮れの紅。一月前よりも短くなった夕暮れと、若干穏やかになった日差しに、飽きることなく幾度となく繰り返された季節の移ろいを見る。もう幾月もしないうちに、夏が終わり、秋が来るのだろう。

何度も繰り返されてきた世界の運行に、僕ははじめて恐怖を覚えた。

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一千年後の旧クリミア領、グレイル傭兵団跡地にて
作品名:老婆の手 ほか 作家名:とど。