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異様に煌めくこの足を 海へ

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ギーヴ、と自分の名を呼ぶ声に振り返ると、困り果てたような疲れたような顔をした宰相が自分の方に足早に駆けて来る姿があった。
見慣れない様に一体何事だと思いながらも、一応の礼儀でもってギーヴは迎えた。
「これはルーシャン卿、政務ご苦労様です」
ああいや、と御座なりに答え息を整えるルーシャンに、ギーヴは内心で首を傾げた。パルスの宰相ルーシャン卿は礼節を重んじる御仁であるのだが、はて何に気を取られておいでだ、とその様子を眺めながら待つ。
やがて息の整ったらしいルーシャンがすまないと言って顔を上げた。
「ギーヴ、おぬし陛下をお見かけしなかったか?」
「陛下ですか?」
「ああ。政務の息抜きと仰って何処かへ行かれてからとんとお姿が見えないのだ。おぬし、このような時刻に王宮へ顔を出すということは、陛下に用でもあったのだろう?陛下とはお会いしたのか?」
「残念ながら」
答えつつ首を振ることでギーヴは否と伝えた。
この時刻に王宮へ顔を出すとルーシャンが言ったのは、巡検使でありながら王都へほとんど帰らず、帰ったとしても日の昇らない時間帯を市街の麗しい女性達に捧げることに費やすため、必然的に正しい人の行動する時間帯にはふらりと消えてしまうギーヴを昼日中に王宮で見かける確率は、国王からの呼び出しまたはギーヴ側に伝えるべき事項が発生した場合でもなければ限りなく零に近しいという、ギーヴのありようを端的に述べたものである。それを嫌味なく言えてしまうところがこの御仁の好感が持てる点だなあと、地位のみ見れば不遜にも傲岸にも聞こえるようなことをギーヴは内心で思うのである。嫌味として言われていたとして、こたえたかどうかは別にして。
そうか、といかにも気落ちした調子で言われ、ギーヴは仕方ないと言葉を重ねた。どうせ自分も国王を探していることに違いはないのだ。
「お見かけしたら、ルーシャン卿がお探しでしたとお伝えしますよ」
「頼むぞ」
ええと頷き、慌しく去っていったルーシャンの背をギーヴは多少の気の毒さのこもった眼差しで見送った。そろそろ60の歳を射程内に捕えようかという御仁に、この広い王宮内を人一人探して歩くのはきつかろうと思ったのだ。
それにしても、とギーヴはつい今し方ルーシャンを気の毒に思ったばかりなのだが、いったいいつの間に宰相殿を困らせるほど強かになられたのかと、探し人である年若い王を思って可笑しいような感心したような気になった。

行方の分からない国王にどうしたものかと、さほど困った風でもなく足を運ぶギーヴがその姿を見つけたのは以外にも早かった。
ギーヴの歩く回廊の先の、中庭へ抜けていく比較的細い通路を、どことなく明瞭でない足取りで辿り来る国王アルスラーンの姿があった。
ぼんやりと宙に浮いている視線を不思議に思い、知らずギーヴが足を速めると、自分に向かって歩いてくる姿に気付いたアルスラーンがたおやかな笑みを浮かべた。口を開き、おそらくギーヴと名を呼ぼうとしたのだろうが、それはギーヴがアルスラーンを呼ぶ声に掻き消された。目の前でアルスラーンの身体が大きく揺らいだので。
「陛下!」
慌てて手を伸ばし平衡を失った身体が石畳の地面に転がるのを防げたことに息をついたギーヴは、どこか具合でも悪いのかと尋ねようとして、止めた。抱きとめた身体から仄かに香る乳香に混ざり、微かに薔薇の香りがしたのだ。
乳香といえば華美を殊更に好んだりはしないこの質素な王の身を飾っている物の中ではそれなりに値の張るものであるのだが、薔薇の香りは自ら纏ったものではないだろう。とすると、とギーヴが可能性に思い当たり視線を巡らせた先にははたして咲き乱れる数々の種類の花々に囲まれ、一見通路からは見つけにくい位置に人一人が寝そべれるほどの大きさの長椅子があった。なるほど、と一人納得する。長椅子を囲むように群生しているのは、今がちょうど見頃の艶やかな薔薇たちだ。眺めているだけでも立ち昇る香りがけぶるようだ。さては昼寝でもされて寝惚けられたか、と苦笑と共に抱いた予想は、どこか呆けたようであったアルスラーンがふわりと欠伸をしたことで確信へと変わった。
すまない、と身体を起こすアルスラーンを助けながら、ギーヴはその顔に悪戯めいた笑みを浮かべて自らの王の顔を見た。それに気付いてばつの悪そうな顔を一瞬覗かせながら、すぐさま何事も無かったように取り繕う国王に、ギーヴは滲み出る愉快な気持ちを隠さなかった。
「陛下もこの数年で随分成長されたと見える。よもや部下を撒くすべをこうも自在に操っておいでとは」
ルーシャンがきっと山ほど小言を用意してますよ、と笑い混じりに肩を竦めてみせたギーヴに、誤魔化す気もないのかアルスラーンは邪気なく笑って頷いた。
「ルーシャンが政務の合間にも結婚についてあれこれと言うものだから、息抜きと言って中庭で昼寝をしていたんだ」
「ほほう、ルーシャン卿の花嫁探しに諦めの兆しは見られませんか」
うんとアルスラーンは頷く。
「むしろ日増しに熱心になっていく」
「それはそれは」
ギーヴは苦笑した。アルスラーンが外の国のことを学ぶほどには色事に関心がないことなど、あの色々と気苦労の多い真面目な宰相にも分かってはいようが、成り行きに任せようと放っておけないところが更なる苦労を重ねる破目になっているのだ。
「ところで、おぬしはどうしたのだギーヴ。このような時間に王宮にいるなんて」
問われてギーヴは彷徨わせた視線をアルスラーンに戻した。出会った頃よりもだいぶ目線の近づいた王が不思議そうな色をその目に乗せて首を傾げている。晴れわたった夜空のような瞳が真っ直ぐにギーヴを見つめている。
巡検使となる以前より旅人として各地を回り数多の美姫たちと戯れ合ってきたが、自分を魅了する美しい女性達のその誰とも違う、全く別種の人を惹き付ける力がそこには存在しているようだった。いつだったか宮廷画家という職にしがみ付いたまま一向にその手を放そうとしない副宰相が、アルスラーンを船が自由に動き回る為の海だと称したことがある。いや、あの時はまだ湖であったか。その瞳を覗き込むと、副宰相が言わんとしたことがよく理解できる気がする。
「ギーヴ?」
無言のギーヴを訝しげな瞳が見つめていた。
「いえね、そろそろ、巡検使としての任務に戻る頃合かと思いまして」
ああ、と頷いて、アルスラーンが口元を笑みの形に引く。
「一夜の夢見に忙しかったエクバターナの女性達も、今宵からは憂慮なくぐっすりと眠れそうだな」
悪戯っぽく目を煌めかせたアルスラーンにぱちりと瞬きし、ギーヴは真面目くさった顔で嘯いた。
「陛下、いくらナルサス卿を師と仰いでいようと軽口まで受け継がれては、さぞダリューン卿が嘆かれることでしょう」
「そうかな」
さらりと受け流してアルスラーンは何でもないという顔をする。このところお会いするたびに口が達者になられて、と呟き、ギーヴは芝居がかった仕草で首を振った。
「夢とは儚く散るもので御座いますれば、不肖の身なれど乙女達の一瞬を鮮やかに咲き誇らせるのに、労は惜しみませんとも。それを陛下にご理解頂けないとはまこと残念の極み」
「そうか、それはすまない」
声を上げ可笑しそうに笑い、アルスラーンはふと表情を改めた。
作品名:異様に煌めくこの足を 海へ 作家名:ao