桜
彼には自分の過去を話す気にはなれなかった。
嫌われるとかの軽々しい心持ちだけでは無い。私を信頼してくれている彼を、失望させたくなかった。きっと、誰に言ったとしても離れて行くだろう。
できるだけ落ち着いたように見せて、静かに言葉を並べた。
「ではまた後日、日を改めてお話しましょう」
「駄目、言うまで許さない」
そろそろ誤魔化せないかも知れない。半ば諦めた脳は動く力も無くし、停止したままであった。
彼に知らせられない過去など山の様にあると言うのに。私は彼と暮らすことは出来ないかも知れない。いや、彼ならきっと抱き止めてくれるはずだ。しかし…
「では――庵に帰ったらすぐ話します。」
上手くいっていた筈のいままでが、崩れていく気がしていた。
そういってそのまま誤魔化せるならそれで良いのだが、やはり言ってしまいたい気もある。
最後に最後に、彼の笑顔を見ておきたい。
芭蕉さん、と呟いて振り返った。