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名もないお話二幕目

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立ち上がり、兵装に袖を通す。
ようやく、起きて歩けるくらいに回復した。
大病禍に蝕まれ死を覚悟したが、こうして自分は生きている。
そしてそれが、自分たちが『アモンテール』と呼び、虐げていた彼女たちのおかげであることも、今はもう理解していた。

身支度を整えて振り返ると、自分と同じ格好の兵があと4人。
自分を含めて5人だけが、大病禍から生き延びた。
他の助からなかった兵たちは、聖地のホクレアたちが弔ってくれたらしい。

動けるようになったということで、自分たちも少し働くことになった。
とはいえ、まだ本調子というわけでもない上に言葉の違いで意思の疎通に手間がかかるため、簡単な掃除や雑用といった類だ。
助かった者の中には「動けるようになったのだから出て行きたい」と言う者もいた。
だが、この『聖地』という場所は特別で、ホクレア以外の者は生きて帰らせるわけにはいかないということだった。
さすがにそれを聞いたときは、血の気が引いた。
生きて帰せない……つまりそれは殺されるのと同義ではないのかと思ったからだ。
しかし、どうもそんなつもりはないようだった。
考えてみれば、殺すつもりなら最初から治療などせずに放っておけば済んだだけの話だ。
自分たちの扱いに関しては、ホクレア側も考えあぐねている様子だった。
今まで、こんな風に外から侵入されることなどなかったのだろう。
初めてのケースで、向こうも戸惑っているように見えた。

「なあ……」
兵の一人が、小声で呟く。
「このまま、ここにいていいのか? ここは、化物の巣窟だぞ」
その言葉に、無意識に眉を寄せる。
「『化物』呼ばわりは止せ。彼女たちは、俺たちを大病禍から救ってくれた命の恩人だ」
「は!? おまえ、本気でそんなこと信じてるのか!?」
「どういう意味だ」
「あれはアモンテールの呪いだ。治療だなんて、見せかけだけだ」
そう言い捨てた兵に、もうひとり、同調する兵が現れる。
「そうだよな、本当に大病禍だったら助かるわけない」
その言葉に、首を振って反論する。
「何を言ってるんだ。王太子領の将官殿だって説明して下さっただろう」
ある程度回復した頃、テンコと呼ばれていた男がヘクトルの従者だったヤン・ヤシュカ=コールだと知った。
そうして、生き残った自分たちに、その身に何が起こったのかをすべて話してくれたのだ。

「信じられるものか。第一、あの男が本当にヘクトル様の従者殿だという証拠がどこにあるんだ」
「あの制服はヘクトル様の領地の制服だろう。それに、偽者だったらベルカ殿下が気が付く」
「そんなもの、手に入れようと思えばどうにでもなる。殿下だって、騙されているのかもしれない」
あくまでも頑ななその様子に、深いため息をつく。

「とにかく、俺はあんな連中の言うことなど聞く気はない」
「なら、どうするんだ」
「決まってる。ここを出て行く」
「無理だな。出る前に捕まるだけだ」
「そこは、上手くやるさ。おまえらはどうするんだ、一緒に逃げないか」
その言葉に、黙って首を振る。
他の3人のうち、2人は同じく拒否したが、残りの1人はその兵に同調した。

止めるのは、おそらく無理だろう。
彼らの中ではもう『アモンテール=化物』の図式は凝り固まっていて、解きほぐすことなど出来ない。
どの道、既にこの聖地の場所は外に知れている。
発見した時点、そして内部の構造を見て取った後すぐに、念のために複数の鳥を使ってメテオラ伯の元へと情報を送った。
今更彼らが外に出てこの聖地のことを喋ったとしても、目新しい情報などは伝わらない。

場所が分かっても、ホクレアの案内がなければ侵入は不可能だ。
問題は、かつて自分たちがやったように外のホクレアを騙して案内させやしないかといったことだ。
もっともそれはホクレアも今回の件で分かっているだろうし、手は打ってあるだろうと思う。

「出て行きたいなら、好きにすればいい。俺はここに残る」
そう告げて、部屋を出た。



いくつかの雑用をこなし、少し座って休憩を取る。
すると、ホクレアの女が通路の向こうから歩いてくるのが見えた。
手に持っているのは、おそらくいつも持ってきてくれる水だろう。
臥せっていたとき、ずっと自分の看病をしてくれていたあの女だ。
起き上がれるようになってからも、何かと気にかけて世話を焼いてくれる。
ただ、あの首が露な服だけはどうにかならないかと思う。
『アモンテール』と認識していた頃は、人とは思っていなかったのでさほど気に留めていなかった。
しかし、改めて人間の女として認識してしまうと、どうにもあの首元に視線が向かってしまう。
習慣の違いだろうから仕方がないとは思うのだが、目の毒であることには変わりない。

傍まで来た女が、手に持っていた水を差し出してくる。
毎日不味い薬湯を飲んでいるだけに、ただの水ですらとてもありがたかった。
水を受け取りながら、ふとそれを掲げてみせる。
女は首を傾げながら、ひとこと呟く。
その言葉を何とか聞き取り、復唱する。
『み、ず……水?』
そう呟くと、女が驚いたように目を瞠り、次いで笑顔を見せて頷いた。
『水』
そうか、水はホクレア語でこう言うのか……と、もう一度繰り返す。

もう少し聞いてみたくて、無理かもしれないと思いながらも自分の隣をトントンと叩いてみた。
女は少し迷った風だったが、ゆっくりと隣に腰を下ろす。
自分の髪をつまんで、女の方を見る。
そうして、再び女が口にした言葉を同じように繰り返す。
『髪』
そう言うと、女が小さく頷く。

そんな風にして、いくつかの単語を聞き取っては復唱する、ということを繰り返す。
用事があるらしく女が立ち去った後も、覚えた言葉を何度も繰り返した。
次に会うときまでに忘れてしまわないように。

作品名:名もないお話二幕目 作家名:千冬