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バレンタインの過ごし方。【るいは智を呼ぶ、ポッチーズ+惠】

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バレンタインはお菓子会社の策略である――
 2月はじめの2週間だけ、そんな乾いた常識が教室を飛び交う。誰もが聞き飽きているはずなのに、言う方は飽きない、不思議で灰色に物悲しい物語。人の心に商売根性を持ち込むなんて、というのは明らかな建前だ。悲しいかな、かの物語は語った瞬間に本音が丸出しになる。しかも、その本音に届けられるのは甘いお菓子ではなく墓穴掘りスコップだ。自虐か主張か渇望か、青少年の訴えは乾いた空に遠く響く。ギブミーチョコレート。
 女の子に言わせれば、積み重ねの結果としての2月14日なのに、2月になってから何を言っているのかということらしい。それも一理ある。ギブアンドテイクは世界の鉄則、声高にテイクを叫んでも、求めるものは手に入らない。ついでにいうと、テイクが決まっている人はギブすらいわない。沈黙は金なり。
 そんなわけで、僕と宮は若干どす黒い悲喜こもごもが流れる教室の片隅で各所の温度差を眺めている。クラスメイトたちが思いを馳せるは2月14日、大勝負に見せかけた出来レースの日、バレンタインデー。
 耳を澄ませば、モザイクタイルのように明暗分かれた会話が聞こえてくる。
 例えば、机を2つほど挟んだ向こうには陰謀説を語り合う男子生徒のグループ。全体的には暗くて低温。ただ、グループといえども個人の状況は十人十色らしく、例の話を世界史の知識まで交えて熱弁するのもいれば、興味なさげなのも、アテがあるのか口の端を上げているのもいる。2月15日以降もあのメンツが集っているのかちょっと興味深い。
 反対側、三つ向こうの机のところでは料理部の女の子達が相談中だ。こちらはみんな上機嫌で、あれを作ろうこれを作ろうと話に花を咲かせている。時折混ざる耳慣れない単語は多分お菓子材料のことだ。ちなみに、漏れ聞くところによるとこの季節は男女問わず飛び込みの料理部員が増えるんだとか。みんな自分に正直だ。
 こんな調子で、教室内には十数種類の同テーマでの別会話が交わされている。
 見ている方向はバラバラなのに連帯感が敷かれている、奇妙な空気。テスト前から緊張感を抜いたようなそれは、2月初旬のお約束だ。
「皆様、お元気そうで何よりですわ」
 そんな独特な雰囲気を、味わうように眺める宮。
「バレンタインにそんなにこだわらなくてもいいのに……っていうのは冷めてるかな、やっぱ」
「それだけ、奇跡を期待される殿方が多いということではないでしょうか」
「奇跡は、めったに起こらないからこそ奇跡なのにね」
「辛辣な至言です、和久津様」
 ロマンチストには申し訳ないけど、奇跡なんて存在しない世の中だ。空から女の子が降ってくるとか異世界から紛れ込むとか猫が人間になるとか、そんな空想が現実化しないのと同じ。俗に奇跡と呼ばれてるものは予想外の事態を綺麗にデコレーションしてるだけの、要するに後付けだ。ましてや2月14日限定、方向性、対象者まで絞り込んだインスタント奇跡なんて、起こる方が間違ってる。
 しかしてしかして、それでも望まずにはいられないのが人間の性。バレンタインは明暗がくっきりはっきりしてしまう分、、届かぬ願いは切実さを伴う。希望と絶望の無限ループ、ああ無情。
 バレンタインデー。この国での意味は、女の子が意中の男の子にチョコをあげる日。ただし、最近は不景気を反映してか対象者が上司から友人から自分自身にまで拡大中、クリスマスよろしく、参加者限定のお祭りのようになってきている。
「ねー。宮は誰かにチョコあげたりしないの?」
 せっかくなので、ちょっとだけ流行に乗ってみた。といっても半分以上冗談だ。宮にそんな浮いた話は聞いたことがない。
「それはもちろん。和久津様に宮の濃厚な愛を詰め込んだ生チョコをご用意しておりますわ」
 ……満面の笑みで斜め上の反応を返された。
「……僕、女の子だけど」
「今年は『智チョコ』というのが流行りだそうです」
「漢字が違うよ!?」
「和久津さまのお名前をお呼び出来るなんて、宮の胸は喜びではちきれんばかりです」
「はちきれないでください」
「では和久津さま、はちきれぬよう宮の胸をお支えくださいますか?」
「何で僕逆セクハラされてるのん……」
「宮の胸のときめきを感じていただきたいのです」
「生徒指導室に呼び出されます」
「それはまた、それで。和久津様と一緒に叱られるのも一興ですわ」
 ぽっと顔を赤らめる。天然かわざとか、ずずいっと目の前に出てくるたわわな胸。いやが上にもいろいろ掻き立てられる。はちきれんばかりの、多分ふわふわ……これ以上膨らんだらどうな……いや落ち着け和久津智、これはバレンタインの罠だ。せっかくここまで優等生やってきたのに、ここでセクハラ一発人生永久退場なんてイヤすぎる。
 密かに胸の内で深呼吸。
 彼女のアピールは少し斜め上というか、はみ出しているというか、とにかく独特だ。普通の友情というものをあまり知らない僕でも、彼女のそれがちょっと違うのがわかる程度にズレている。ひねくれてるのではなく、まっすぐなんだけど道を間違えてる感がありあり。だから多分、これも彼女の考える友情領域の行動なんだ、うん。
 そもそも宮にとって僕は『オンナノコ』だ。それが何より決定的な抑止力。
「バレンタインデーは愛する方にチョコレートをお贈りするイベントですわ。愛のイベントなのですから、性別など些細な誤差に過ぎません」
「あう」
 何も言ってないのに抑止力を粉砕され、ちょっと肝が冷える。……最近特に不穏な気配は感じないし、大丈夫、のはず。
「……」
 母性と色気のある宮の笑みが、僕の気分を重くさせる。
 張り巡らせる近づき難さを乗り越えて、良き友人でいてくれる宮。あくまで友人、でも時折それすら心苦しくなる。
 ……他の女の子と居たほうが、傷つかないで済むのに。
 彼女の飾らない、どかんと度胸一発のアピールは、時に棘になる。嬉しいからこそちくちく刺さって抜けなくて、痛い。
 何も知らない宮はそれでいいかもしれない。けれど、僕を知っている僕は、宮が不幸になってしまうのが目に見える。
 性別は些細と宮は言うけれど、その溝はマリアナ海溝よりも深いものだ。ハリボテの内側、生まれ持った性差は決して埋まらない。
 ましてや、僕は宮に嘘をついている。僕たちの関係は、言ってしまえば砂上の楼閣で、いつかは必ず崩れてしまうもの。彼女の想いがまっすぐであればあるほど、結末は暗澹たるものになってしまう。
「じゃあ、僕も宮に何か用意したほうがいいのかな」
 気分を変えたくなって、僕からも提案してみた。そうだ、交換なら罪悪感も多少は薄れる、友チョコ精神だ。
 宮は一瞬驚いてから顔を綻ばせる。
「いいえ、宮の気持ちですから。でも、もしいただけるのでしたら、ぜひデートの機会を」
「そういえば、前にケーキおごるって約束もまだだったね」
「覚えていてくださったのですね。宮は嬉しゅうございます」
「でも、バレンタインに食べに行くのはちょっと厳しいかな。相当混んでるだろうし」
「和久津様がお誘いくださるのでしたら、宮はいつでもどこでも大歓迎です」
「ん、わかった。ちょっと考えてみるね」