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バレンタインの過ごし方。【るいは智を呼ぶ、ポッチーズ+惠】

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 それとなくみんなの様子を観察する。花鶏はこよりにちょっかいをかけつつ、見栄えのいいトリュフをきっちり作っている。こよりは大きなハート型のクッキーにチョコをかけたものにデコレーションしたり、ミニカップに注いだチョコにデコレーションしたり、とにかくカラフル。伊代は生チョコだ。四角い容器にきちっと流しこみ、トントンと叩いて平らにならしている。多分、事前に作り方を調べてきたんだろう。るいは周りの様子をちらちら見つつ、なんとなくミニカップにチョコを注いでいる。こぼれ気味なのがるいらしい。惠はフルーツのチョコかけ……なんだけど微妙に手元が危ない。ていうか明らかに慣れてない。チョコを刻むのはできてもそこから先は苦手区域なんだろうか。すらっとした指のあちこちにチョコがくっついてしまっていて、彼女の意外な不器用さが露呈してしまっている。でも表情はいつもどおり。……ちょっと悔しそうに見えなくもない。
 ……そういえば、惠はいつものあの格好でチョコを買いに行ったんだろうか。
「ねえ惠、惠は自分で材料買いに行ったの?」
「パーティは準備を人任せにしては始まらない、そうは思わないか?」
 いつもどおり回りくどい言い方だけど、どうやら買いに行ったらしい。
「その時ってどんな格好してたの?」
「そうだね。バレンタインの持つ排他的な雰囲気を体験した、と言えばよいかな」
「……ひょっとして、あなたいつもの格好で行ったの?」
 伊代のツッコミににこやかに微笑む。
「どうやら、バレンタインが男性が主役のイベントというのは誤解のようだね。あれほど奇異の視線や哀れみの視線を浴びては、男性諸君も肩身が狭いだろう」
「……なんか今とても切ない光景を想像した」
「『うっわーこの人もらえないからって自分で買いに来てる』『チョーカワイソー』ってやつですね」
「惠センパイは女の子なのに……」
 いろんな意味でいたたまれない気持ちになる。
 惠は一見すれば男の子、それも王子様系のイケメンだ。そんな彼女が突然バレンタイン手作りコーナーに現れたりしたら、違和感の権化状態にもなるだろうし、悪い意味での注目を集めてしまうだろう。対する僕は本来およびでないはずなんだけど、格好のおかげで外部から見た場合の違和感はおそらくゼロに近い。どこの特設コーナーに行ったって本来のターゲットとして扱われるだろう。人は見た目が9割とはよく言ったものです。僕も惠も趣味でやってるわけじゃないから、こういう時でも崩せないのが辛いところ。いや、こういう時だけ崩すのもおかしな話か。そもそも、もらうことなんて想定してないんだし。
 視線をテーブルに戻せば、どんどん増えていくチョコレートコレクション。どれも宛先は不明で、想いの代わりにこの日この時間が込められている。食べるのはもちろん僕たち7人。
 同盟宛のお菓子は同盟の中で作られて、同盟のお腹の中に収まる。そこに『異性』は意識されていない。する必要もない。ここにいる7人は、世間一般のバレンタインなんて知らないし、知ることもできないし、知る権利もない。
 世界からおいてけぼりの僕たちは、イベントからもおいてけぼりだった。誰かがいないと成り立たないイベントは、誰かを持たない僕たちに門戸を開いてはくれなかった。
 それは今も、ある意味で変わらない。この7人の中に『異性』はいないし、7人がどこかから『異性』を持ち込んでくることもないだろう。僕たちにとって、バレンタインはそういうイベントではないのだ。
 だけど――今年、バレンタインは経験できた。小さな小さなお祭りは、本来の意味を離れて、別のものとして僕たちにサプライズをくれた。
 バレンタインはお菓子会社の策略である――であるがゆえに、対象者はいくらでも広がり、楽しみ方は無限大に広がる。
 だから、僕はお菓子会社に感謝しようと思う。
 この僕に、男の子にも女の子にもなれない僕に、この日を楽しむ可能性をくれたことに、感謝しようと思う。
「みなさん、そろそろお茶にしませんか? 浜江さんがクッキーを焼いてくれましたから」
「おお、意外なおやつ!」
「若いもんにはまだまだ負けん」
 香ばしい小麦粉の香り、爽やかな紅茶の香りと共に、佐知子さんと浜江さんが顔を出す。待ってましたとばかりに作業の手を止めて、みんなでにへっと笑いあう。
 相手不在のバレンタイン。
 ――それは、とっても僕ららしいバレンタインの過ごし方だ。

 帰宅して、ぽてんっとソファに転がる。結局片付けしたり夕飯をごちそうになったりで、随分遅くなってしまった。
 そのまま眠りの世界へ旅立ちたいのをぐっと堪え、さっと明日の用意。お風呂も抜かりなく。明日、宮に気付かれないように……まあ、気づかれたっていいか。
 ひと通りの準備を終えて、ほっと一息。
「……えへへ」
 お風呂の音に気をつけつつ、ごそごそとカバンの奥から箱を取り出す。何の変哲もない、誰かが買った材料が入っていたと思しき小さな箱。
 開けてみれば、中には七種類のチョコレート。形もバラバラ、中身もバラバラ。決して綺麗とは言えないものもあるし、素材の組み合わせて的にどうなんだろうと思うものもあるし、ここぞとばかりに実力を発揮した作品めいたものもある。どれも彼女たちらしい一品だ。もちろん、僕のも入ってる。無難にまとめた感のあるマーブル色のチョコレート。
 こっそりくすねてきた、否、もらってきた七人の思い出の品。不格好で飾りのない今日の証。
 お腹に入れば溶けてしまうそれを、せめて携帯のカメラに収める。
 ちらっと時計を見る。これからお風呂にゆっくり入れば、ちょうど日付が変わる頃に出られるだろう。
 時計が12時を回ったら――一人でこっそり、残り香を楽しもう。
 前倒しの明日に想いを馳せつつ、いそいそとバスタオルを用意する。
 ――ハッピーバレンタイン。
 そう言えるようになった自分に、甘い幸せを感じながら。