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バースデイ

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また、怪我をしている。
街中で見かけた年の離れた兄を、九瑠璃は他人を見るように眺める。其れはまるで如何でもいいというような、酷く冷めた目線であり、もともとあまり感情が表に出るタイプではなかったが、血の繋がった兄妹というにはあまりにも酷薄だった。
額に包帯を巻き、頬にはガーゼ、口の端に絆創膏を貼っており、手指にも其れらが貼られている。そんな傷ついたぼろぼろの兄を見ても、九瑠璃は何も感じない、大方見当がついている、ということもあったが、もっと格段に決定的なものがある。
九瑠璃はあまり、兄である臨也のことが好きではなかった。
小学生の時分、己は兄のことを全く理解していなかったのだと、中学に上がって二度目の瀕死の桜を看取った今になって、九瑠璃は思う。
兄との年の差は、少年少女の時代においては大き過ぎた。小学校へやっと入ったと思えば、兄は中学校へ行っていたし、中学校へ入ったと思えば、すでに兄は高校を出ており更には家を出て行ってしまい、何時まで経っても、兄の生きる世界を覗くことすら叶わなかった。
……だから分からなかった。
そう自分に云い訳をして、九瑠璃は兄から目線を逸らし、其の儘歩き去る、其のつもりでいた、しかし、そうは問屋が卸さない。
「クルリ、クルリだろっ?」
今し方目を離した相手から声をかけられる、よく知った声、其れを聞き、九瑠璃は足を止めると緩慢な動作で振り返る。季節など無視したような黒づくめの男、間違いなく、自分の兄だった。妙に人懐っこい笑みを浮かべて此方にやって来ると、「久しぶりだな、元気にやってんの?」と口を利く、其れに九瑠璃は黙ってこくりと頷いた。確かに久しぶり、臨也と会うのは三カ月ぶりであった。
「ちゃんと学校は行ってるのか」
「父さんや母さんに迷惑をかけていないか」
「最低限の勉強はしておけよ」
そんな何とも、模範的な兄、らしいことを云ってのける臨也に頷きながら、九瑠璃は、とんだ茶番だ、と内心呆れており、また腹立たしくもある。
――嘘吐き。
九瑠璃には分かっている、臨也が本当は自分を始めとした家族のことなど此れっぽちも気にかけていないことを、そして偶然自分がいることに気づいてしまったものだから仕方なく声をかけて来たことも、九瑠璃は全部分かっていた。だから、今行われている「会話」というものが如何にも事務的に感じられ、そんなことにわざわざ時間を割いている臨也が理解できない。放っておけばいいものを、と思いながら、九瑠璃は黙って首を縦に振ったり横に振ってみせた。
「そう云えば、お前今日は一人なのか?」
不意にそう云われて、そう云えば舞流は如何したのだったかしらんと、九瑠璃は首を傾げる。双子の妹である舞流は、自分と比べるとかなり活発であちこちに気が飛びやすく、常に動き回っていた。何時でもそういった状態である所為か記憶が曖昧、時間軸がごちゃ混ぜ、舞流が一体如何して自分と一緒にいないのかを思い出せず、ぼんやりと目の前の臨也を見つめた。
揺れる前髪の下、其処にある眼子(まなこ)を見て、噫、舞流は兄とよく似ているのだな、と思う。自分と双子なのだから、詰まる処、九瑠璃も臨也と似ていることになるのだが、九瑠璃が思うのはそういうことではない。
……何かが違う、其れはもう決定的絶対的に。
身の丈に合った静かな生活、九瑠璃はどちらかと云えばそういった方が好きであった、だからあまり事を荒げることや無意味に他人を攻撃するようなことが嫌いであったのだが、舞流は如何にもあらゆる出来事に対して派手さを好んでおり、大げさに話をしたり、目立つことをよくやる。舞流のそういうところは、臨也によく似ていた。
だからなのかも知れない、舞流はよく臨也の云いつけを守った。
やられたらやり返す、其れも十倍にして。其のお陰か、確かに自分たちにちょっかいを出して来た連中は皆、其の後は手を出してくることは無い。けれど、其れでいいのだろうか、と九瑠璃は何時も疑念を抱く。何事にも、限度があるのではないかしら、そう思うのだが、舞流は何時も目を輝かせて報復を執行する。其の時の眼は、臨也の眼と同じ光を湛えていて、九瑠璃は内心、嫌悪感を禁じ得ない。
狂気とか、悪意とか、そういう何かよくないものの抽出物、だわ。
何処か深い処でゆらりと揺らめくようなねっとりとした光、其れを見るたび、九瑠璃はうんざりし、吐き気と眩暈が同時にやって来るような、何とも云えない感覚に襲われる。
――私は違う、絶対に。此の人のようにはならない。
臨也の眼を見、そうして非情な行動を面白がる妹のことを思っていると、不意に臨也が九瑠璃の視線に気づいた。
「……何だ?」
そう云う兄にはっとして、九瑠璃は首を横に振る。何でもないと云えば、そんなことないだろうと云って臨也は身を屈める。
「云いたいことがあるならさ、はっきり云いなよ」
臨也は微笑みながら云うと、九瑠璃の頬を手の平で触れる。其の瞬間、九瑠璃は思わずびくりと震えてしまい、仕舞った、と思った。
「何だよ、ぶたれるとでも思ったの? 酷いなぁ……」
臨也はそう云って笑ったが、九瑠璃は「噫、ばれてしまった」と思う。けれど同時に、今更であろうとも思う。人間観察が趣味の兄が、自分が抱いている気持ちに気付かないでいたはずがない。現に、微笑んでいる臨也の眼が全く笑っておらず、冷たく尖るのを九瑠璃は見た。
そうこうしていると、舞流が二人の元へやって来る、手にはタピオカミルクティーが二つ。
……そうだ、急に飲みたくなったって云って、買いに行ってしまったのだった。
唐突に思い出したが、今更云っても仕方ないので九瑠璃は黙った儘、駆け寄って来る妹を待った。
「あれぇ? イザ兄だ!」
臨也の姿を見て無邪気な声を上げる舞流、先ほど自分に対してしたのと同じように「良い兄の模範応答」を行う臨也。其の二人を見て、何処か自分だけ違う世界にいるんだ、と思う。
自分と、兄と妹の間には目に見えない、けれども深くて大きな溝があって、其れは確実に壁もしくは結界になっており、絶対に交わらないようになっている。九瑠璃はそう思う。今も、先日ちょっかいを出して来た連中を「懲らしめた」時の話を嬉しそうにする舞流を見て、其れに「そうかそうか、よくやった」と頭を撫でて応えている臨也を見て、胸の裡で一言。
――気持ち悪い。
二人が話をしている横で、九瑠璃は黙った儘、ただじっと時間が過ぎるのを待つ、胸や腹の底がざわつくような感覚を持て余しながら。

「イザ兄元気そうだったね!」
家に帰る道すがら、舞流が嬉しそうに云うのに対し、九瑠璃は黙ってこくりと頷く。其の実、九瑠璃は上の空、己の頬を触りながら先程のことを考えていた。舞流は何やらペラペラと話しているが、其れには適当に頷いて見せて、本当は八割方話は聞いていない。其れでも平気な様子で一方的な会話で盛り上がってくれるので、斯うやって考え事をしたい時、舞流の其れは九瑠璃にとってありがたかった。
……やっぱり、好きになれない、私は。
作品名:バースデイ 作家名:Callas_ma