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小雲エイチ
小雲エイチ
novelistID. 15039
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爆弾仕掛けのレプリカ

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臨也から、預かりものをした。
一週間の間、この街を離れなければならないから、ボストンバックに入った荷物を預かって欲しいと言われたのだ。臨也は「家に帰るまで開けてはいけないよ」と浦島太郎の物語のような事を言っていたが、いざ玉手箱というなのボストンバックから出てきたのは、年をとる煙ではなくガラスケースに入れられた女の首だった。

思わず手に持ったそれを畳に放り投げると、ガラスケースの中でこつんと首が音をたてた。
その瞬間、ズボンのポケットに入れていた携帯が震え、帝人は慌てて携帯を取り出し震える指先で携帯を操作する。メールが届いていた。
送信者は臨也で、メールには『その首、セルティのだから安心しなよ。帝人君が気に入ったなら、そのまま君にあげてもいい。まぁ、とりあえずは一週間を謳歌しなよ。一週間の間、その首は君の自由に使って構わないから』と書かれていた。
畳に転がるガラスケースを恐る恐る正しい位置に戻す。
ガラスの中で艶やかな茶色の髪が揺れる。瞼は閉じられているが、美しい女性だと、帝人は思った。



臨也から首を預かった初日は、ただひたすら首を眺めたり、触ったりしてみた。
二日目は、非日常そのものといってもいい存在であるそれに愛を囁いてみたが、気恥ずかしさもあったし、何か違う気もしてすぐにやめた。
三日目は、セルティに首を返そうと心に決めた。帝人はセルティの友達だし、セルティが首を探していることは、帝人もよく知っていたからだ。けれど、いざ首の入った鞄を持って外に出た帝人の耳に馬の唸りが届いた瞬間、それ以上先に進めず、結局帝人は四畳半に首を持ち帰った。
四日目は、臨也に電話をかけてみたが、耳に当てた携帯からは、長い呼び出し音が断続的に続くだけで、臨也が電話にでることはなかった。
五日目は、首と居ることが苦痛に感じられて首から逃げ出した。どこ行きかも分からない電車に飛び乗り、人気の少ない町に降り立った。しばらくふらふらとあてもなく町をさまよったが、結局池袋の喧騒が恋しくなり、夜には池袋に戻ってきた。
六日目は、首を押入にしまった。
その日だけは、首のことを忘れて家事をこなし、宿題を済ませ、バイトであるネットビジネスに専念した。今まで通りの生活だったが、なぜかこの日が一番疲弊した。

そして七日目の今日、帝人は再び臨也の家を訪れた。
ソファーに座りテーブルの上に置かれたガラスケースを見つめる帝人の顔色は、一週間前に比べると少し血色が悪く思える。
臨也は、どことなく居心地の悪そうな帝人の隣に腰掛け「あまり寝てないみたいだね」と言って少年の下瞼をそっとなぞった。「隈が出来てる」
憔悴しているようにすら見える少年は、年上の男に気を使ったようで、それでも健気に微笑んだ。そして「臨也さん」と小さく呟き、臨也が「なんだい」と返したのを皮切りに、帝人は訥々と話し始める。
「この一週間、ずっと考えてたんです。この首をどうするべきか。いろいろ試してみたんです。でもやっぱり、何かが違う気がして……」そこまで言って、帝人は次に紡ぐ言葉を考えるように瞳を陰らせた。そしてまた語り始めた少年の言葉を、臨也は静かに聞き入れる。
「セルティさんに首を返すことも考えたんです……。でも出来なかった。怖かったんだ。この日常が変わってしまうかもしれないのが……。僕は変化を作れるような人間じゃないんです。僕は……だれかの作る変化に乗ることしかできないんだ。僕は、変化を起こすのが怖い……だからこれは、臨也さんにお返しします」
言い終えて、帝人は息を吸い、長く息を吐いた。
もう少し、なにかをしてくれるものかと思ったが、臨也の思い違いだったようだ。
つまらないなと思い、臨也はガラスケースから首を出してテーブルの中央に置き、ズボンのポケットからライターを取り出した。
「臨也さんっ何を――!」
帝人の制止も聞かず、臨也はそのまま火をつける。
隣から声にならない悲鳴が聞こえて、臨也は少し楽しくなった。
あっという間に火種は大きくなり、首はみるみるうちに炎へと姿を変えてゆく。

「ははは、燃えちゃったねぇ――」
帝人君、と名前を呼ぼうと顔を向けた臨也は息をのむ。
ガラスケースを胸に抱いた帝人に体当たりされ肘置きに頭をぶつけたが、それを気にしている時間はない。
その一瞬は、まるでスローモーションのようだった。
臨也が体勢を立て直すよりも早く帝人は起き上がり、胸に抱いていたガラスケースを構え、臨也に向けて振りかざす。
臨也は慌てて帝人の腹を蹴り上げる。軌道がずれ、ガラスケースは肘置きに当たったが、飛び散った破片が臨也の頬を掠めた。
鋭い痛みが頬をなぞり、遅れて生温い液体が頬を伝う。
直撃していたら、死なないにしても、何針も縫う大けがになっていただろう。
背中にじっとりと汗をかいていて気持ち悪かったが、それを上回るほどの高揚感に臨也は包まれていた。拳を握り、叫び、己を傷つけてでも発散したくなるほどの高揚だ。目の前の少年を思わずまくし立てたくなるのをぐっと耐え、落ちついている風を装いながら蹴り上げられた腹を押さえてえずく帝人に問いかける。
「帝人君、どうしてあんなことを……?」と言った声が震えているのは、恐怖からではない。
「うっ、ぇ……ごほっ、あれは、っう、セルティさんのものだ、守らない、と」
言葉を区切りながら、帝人が言う。
が、すぐに痛みに顔を歪め再び噎せ返った。
「本当にそう思っていたなら、なんで俺に殴りかかったんだい?」
帝人が何か言いかけたのを言葉で遮り、臨也は続ける。
「多分君が本当に『セルティの首を守らないと』って思っていたなら、燃えるあれに抱きついてでも火を消しただろうね。でも、君は今、燃えるあれを見て、あれがなくなるのを恐れていた。いや、燃やした俺に対して君は明確に、怒りを覚えていたと言った方がいいかな?」
言うほど、臨也は自分が興奮してゆくのを感じた。
今すぐにでもこの少年の内にあるものをえぐり出し、観察したい。
「ねぇ、帝人君……」少し間をおき、帝人が顔を上げ目と目があった瞬間、臨也は言葉のナイフを投げつける。「あれは自分のものだって――そう思ったんじゃないかい?」
帝人が目を見開き「っ違う!」と叫ぶ。そしてすぐに、はっとして口を押さえた。けれど、どれだけ口を押さえても、出たものはもう戻らない。

「君にこれを言うのは二回目かな――『早すぎる否定は、逆に疑いを招く』って」
「あ、ちがっ……」
「違わない。それに、セルティが知ったらどう思うんだろうね」
じりじりと、言葉で帝人を追い詰める。
「首を持っていたならどうして返してくれなかったんだって怒るかもね。軽蔑、蔑み、それとも悲嘆? 二度と顔を合わしてくれないかも」
攻撃は防げるが、言葉は防げない。
ついに、帝人の瞳から一筋涙が零れる。
テーブルの上で炭になった首の破片が小さく赤い火を灯しているのを、臨也は横目で見つめた。
燃やした首は、精巧なレプリカだ。本物はまだ本棚に隠し持っている。