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千歳に犬耳と尻尾が生えてきた話

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「…ごめん千歳」

 なんとか振り絞って出た声は呟くように弱々しかった。それでも俺はタオルケットを被る千歳に手を伸ばす。しかし、不思議なことに俺の手は千歳を捉えなかった。タオルケットはすっと落ちて形を崩す。不自然にふくらむそれをおそるおそる退けると、中には丸まった犬が目を伏せていた。犬がこちらをゆっくりと見上げる。息すらうまく出来ない時間がしばらく漂う。窓から差していた夕日はすっかり落ちて、今はただ重く暗い闇が少しずつ近づいてくる。
 千歳、と呼びかけると犬は首を傾げた。俺の声は聞こえるものの、言葉はわからないようだ。そっと触れると、先ほどとは違い尻尾はわかりやすく揺れる。鼻を鳴らして顔を寄せ、頬を舐められたときに涙が流れていることに気づいた。

 それから犬にもう一度タオルケットを何度も被せた。こんなことをしてもどうにもならないことは分かっていたけれど、突然起きたことなのだから突然元に戻ることもあると心のどこかで思っていたのかもしれない。しかし悲しいくらい何も起こらなかった。それどころか犬は警戒心をだし、俺に向かって唸る。目の前の犬は本当に千歳なのか、それとも千歳だった部分はなくなったのか。それすらわからなくなり、夜は深くなっていく。時計はとっくに今日ではなくなっていた。
 なす術のなくなった俺は、千歳のベッドに倒れこんだ。こんなときでも眠くなることを他人事のように感じる。うとうとと閉じるまぶた越しに、体温を感じる。側でゆっくりと呼吸をしている犬に触れると、口から言葉が零れた。

「犬になればよかったのは、俺のほうかもなあ。今日、ああもう昨日か。昨日だって勝手にきたり、そういえば千歳がどないしてええかわからんって言ったときも俺慰めもせんかったし、千歳だって俺の思ってることちゃんとわからんかったよなあ」

 舌もうまく回らなくなる。腹部にあのタオルケットがかかる。まぶたがおもい。耳元でちとせがごめんといった気がしたが、意識はまどろみの中にきえていった。



 カーテンが風にはためく音と、日のまぶしさに目を覚ますと隣で千歳が丸まっていた。

「ごめんな千歳」

 千歳は目を閉じたまま返事をして、俺もごめんと笑いながら口を開いた。