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厭な男

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作戦本部の廊下の向こうから歩いてきた男の顔を見て思わず顔が歪むのを意識せずには居られなかった。当の本人は俺の顔を認めて、おや、というように片眉を持ち上げ、それから隠すこともせずににやりと片頬で笑ってつかつかと俺に歩み寄って来るものだから無視するのも大人気なく、厭なやつに会った、という気持ちを隠すこともせずに軽く会釈した。・・・俺の方が階級が上だったよな?

「滝中佐か。本部の廊下をこうも私邸のように闊歩できるなど羨ましいものですな」
「・・・立石少佐、私は闊歩などしていない。ただ、歩いていただけだ」

部下の一人も付けずに歩いてきた相手、立石良則少佐だ。
ここはとっとと去るに限る。相手などする事はない。相手は今や階級が下のただの駆逐艦の艦長をやっている男だ。そう自分に言い聞かせて立ち去ろうとする俺の腕を遠慮もなく掴んだ立石少佐は女ならば赤面するような悪い男の顔でにやりと笑い、中佐にぜひ内密でお聞きしたい話があるのですが、などともったいぶって尋ねてくる。これが目上に対する尋ね方か!腕を掴むその手を振りほどこうと腕を振るが存外強い力で掴まれた腕にむっとして少佐の目をみれば、厭な目をしている。仄暗い情熱と執着が瞳孔の底で揺れている。――――何かに執着している時のこの男の目だ。

この男が一度食らいついたものへの執着が尋常でない事は海軍兵学校時代に気づいている。まるで鼈(すっぽん)のように一度食らいついたら離さない。下士官の間では対潜の鬼だの狩人だの言われているのも納得ができる。


「分かった。話を聞こう。・・・お前達は先に戻っていろ」

これ以上部下への威厳がなくなるのは腹立たしい。後ろに控えて成り行きを見守っている部下らを下がらせればようやく少佐が腕から手を離した。今、この瞬間走り出してしまいたい程、面倒だ。いや走り出したとしてもこの男ならば車の前に先回りして待ち伏せするだろうし、それが不可能だったとしたら後日より面倒な方法で連絡を取ってくるに違いない。どうにも昔からこの男は苦手だ。調子が狂う。最近、俺の身の回りには俺の調子を狂わせる輩がうろうろしている事を思い出して内心でまた腹立たしく思う。





近くを通りかかった下士官にすぐ傍の会議室が開いている事を確認させて、俺と立石はそこへ移動した。
会議室の中庭に面した窓は大きく、立石はそこに歩み寄って眼前に広がっているだろう中庭を興味もなさそうに見下ろしながら、「随分草加に振り回されているらしいな」と初っ端から厭な話題を持ってくる。

「お陰でその速さで中佐にまで出世したのだから持つべきものは友人だな。お前は昔からあの男を飼い慣らしていたようだからな。・・・いや、飼い慣らしていたのか、飼い慣らされていたのか」
「飼い慣らす慣らさないの間柄ではない。同じ志の下に行動しているだけだ」
立石は、そんな俺の言葉を喉で笑って一蹴する。


海軍兵学校の二つ上の上級生であった立石からは厭な話題ばかりが出る。
いつの事だったか寮へ戻るのが半刻ばかり遅くなった俺と草加を見つけて捕まえたのがこの男だった。立石は、上に報告するのが面倒だからとっとと寮へ戻れ、とまるで物分りの良く情け深い上級生のような事を言っておきながら、しかしそれは後にこの男への大きすぎる貸しとなってしまった。この事が上に報告されていれば俺のクラスヘッドも、そして草加の次席にも響いていただろう。刻限を守るというのはそれ程厳しい規則だった。しかしこの男が俺と草加を見逃したのは、相手が自分と草加だったからだ、という事を知ったのはそれからすぐ後になっての事だ。

立石がまたある夜刻限を守れなかった男を捕まえた事があり、その時は迷わず教官に突き出したと聞いた。男は成績も中の下の凡庸な男であったらしい。立石に見逃されたところで立石には得のひとつもない男であった。立石が男を突き出したのは教官の印象をよくする為であったし、立石の班への成績となった。貸しが作れそうな相手ならば貸しを作る。まさしく情けは人のためならずという事だ。そこへ行くと主席と次席を争う自分と草加を捕まえたのは、この男にとっては大きな手柄となり、それ以来厄介な事に巻き込まれたものだった。そして今も、中佐と少佐という階級差がありながら俺はどこかこの男に対して妙な気後れと苛立ちを覚えているのである。




「少佐こそ、近頃伊号の堀田少佐という男と懇意にしているらしいな。昔から一匹狼を気取っていた貴様が誰かとつるむなど珍しいんじゃないのか」

立石の名は上層部でも知られていた。御しがたい男だが、好き勝手にやらせておけば成果を上げる厄介な男だと。その食えぬ男が手柄を取るはずもないドン亀の運送屋の堀田とかいう地味な男と随分親しいということは珍妙な噂として俺の耳にも入ってきていた。それを突き付けてやれば立石は表情ひとつ変えずに「ああ、不都合な相手ではないからな」と否定をせずに頷いた。


「貴様が妙な事をしているという位の事は俺の耳にも入ってくる。対潜の鬼も良いが、これ以上上層部に煙たがられるような真似はやめておけ。“仮病”などとっくに知られている。今の上官であるから見過ごされているが、すぐに首などすげ替わる。軍法会議になっても知らんぞ」


それでなくとも今、軍部は“あの艦”を巡って随分きな臭い話が取り沙汰されている。御し得ない不穏分子を排除しにかかる事など目に浮かぶ。厭な男だがそう積極的に殺したい相手でもないのだから、と自分に言い聞かせながらそう忠告してやったというのに立石はそんな事は何処吹く風とばかりに目を細めて少し笑った。

「軍法会議は面倒だ。前線を外されれば目も当てられないな。――それでは撃沈させる事ができなくなる」

まぁ、精々気をつけよう、と一瞬この男の敵艦に対する仄暗い欲望が見え隠れした。厭な男だ。






「それで本題だ。単刀直入に聞こう。・・・今、上層部で何が起こっている?」


この部屋に入って初めてまともに俺の目を見た立石の目の底に一種凶暴とも取れるような期待が見えた。まるで“何かが起こっている”という事を期待するような目だ。何か不穏な事が起こっている。その目にはその“何か”を身勝手に楽しんでいる第三者の目をしている。窓に差し込む白い日の光を背負い、立石は口角を持ち上げる。軍人のする顔ではない、と思う。女好きのする顔だ。


「何が、とはなんだ。上層部というのはいつもきな臭い話ばかりだ」
「別に上層部に食らいつく気などないさ。貴様と違って出世には興味がない。ただ、妙な動きをする艦があるようだからな」
「・・・妙な動き、とは?」


たかが駆逐艦の艦長であるこの男如きが“みらい”についての情報を握っているとは思えない。だが立石は敏感に何かを察しているらしい。それが何であるかまでは知りえないだろうが・・・。


「先日、シブヤン海で妙な敵と遭遇した。素晴らしく頭の良い上質な敵だった。が、そいつはこの俺を追い詰めておきながら体当たりで舵を奪って逃亡した。そこへ大本営の米内閣下直々に戦闘中止を示唆する伝聞が届いた・・・おかしい話だろう?」

作品名:厭な男 作家名:山田