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ちいさなもののおおきさは

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「一、俺から離れない」
「うん」
「二、もしも俺が近くから居なくなったら、他に知ってる人を見つけて、離れない」
「わかった」
「三、会ったことが無い人に、おうちの電話番号とか、おうちの場所を教えない」
「わかりました」
「よし、えらい」
 なでられた。にーちゃはやっぱし、やさしい。
 にーちゃにおこられるのはやだから、ちゃんとやくそく、まもらないと。




「どうしようか、こいつ」
「…うーん」
 何度尋ねても帝人の返答が変わることは無い。俺…紀田正臣は、帝人の言う「うーん」が「どうしようか今考えている」という意味では無く、「僕にもわからないから聞かないで」と暗に言っていると理解していながら何度も同じ質問を繰り返していた。
 その問答の議題が自分なのだと解っているのかいないのか、俺達の間に立つ小さな少年は不安気な表情で地面を見つめている。
 この少年が誰なのか、何故ここに居るのか。それを知って貰うには、少々時間を遡って話さなければならない。




「あーあ」
「…」
「つまらん」
「知らないよ」
 溜息を漏らし、再び「あーあ」と声を上げようとした所で軽く頭を叩かれた。はいはい、俺が悪かったよ。
「でも仕方ないだろ?せっかくの金曜日のお休み、杏里も含めて三人で遊びに行こうって楽しみにしてたのに、用事があるからって約束は無くなる。そして、幼馴染…しかも男と二人きりでこんな時間まで歩き回って…」そこまで考えて、思考停止。だって口に出しても、この優しくない幼馴染は冷ややかな目で見つめてくるだけなんだから。せめて、「ちょっと正臣!わ、私と一緒じゃ楽しくないっていうの…?」位言ってくれても…男じゃ駄目だな、やっぱり。うえ。
 そんなことを考えている間にも日は無情に落ちていき、辺りはすっかり橙色に染まってきている。
「正臣のせいだよ、こんな時間までナンパの為に女の人追っかけてたんだから」
 わかってないなー帝人は、男二人の中に女の子を入れたいと思うのは当然…はい、再び思考停止。だって口に出しても、以下略。
 結局、いつも通り誰一人として俺達に付いてくる女の子は現れず、こんな時間まで男同士二人きり。ガッデム。
「…僕もう帰るからね」
 この言葉も何度聞いたことだろうか。言われる度に「待て!!諦めるのか?ここで踏ん張らずどこで踏ん張るってんだ!!」と叫び引き止めていた、が、もうそんな雰囲気では無かった。
 俺は何も言えず、帝人も何も言わず、二人で帰路に着こうと歩き出した、その時。

「うわ!?」
 俺と帝人の声が寸分の違いも無く発され、同じタイミングで前のめりに体制を崩す。帝人が「またお前か」という目で訴えてきたので、同じ様に「そんな訳無いだろ、帝人のお茶目さん」と目で伝えた。(伝わったかどうかはわからないけど)
 俺達は後ろからの衝撃で躓きかけたわけなので、まぁ後ろを振り向くのは当たり前な行為の筈だ。しかし、振り向いたそこに当たり前の光景は無かった。
 …誰もいない。もう夕方から夜に移り変わる時間帯、皆帰ってしまったのだろう。いや、だからといって衝撃を与えた張本人がいないのはおかし「きだ」おかしきだ?
「りゅがみね」
「え?」
 その幼い声は下からしていた。目線を下に移動する。何かいる。何か、見た、こと…あ、あぁ?
「…滝口君…?」
 俺が混乱している間に、帝人が代わりに言いたいことを言ってくれた。めでたしめでたし、じゃなくて。
「…いや、いやー…そんな訳ないだろ」
 だって滝口は、滝口は同い年だし、滝口は、ほら、小さくない。そう、小さくない。目の前にいる髪の毛をセンターで分けくりくりした大きな目で見つめてきている、三歳位の男の子程、滝口は小さくないのだ。細身で白い肌で、綺麗な髪の毛をたなびかせている辺り、とても、非常に、同学年の友人、滝口亮に酷似しているのだが。
 ぽかんとしている俺を尻目に、帝人は動揺しながらも口を開いてくれた。
「…迷子なのかな、どこの子だろ。お名前は?」
「たきぐち」
 えっ。
「たきぐちです」
 …驚きの声すら出ない程驚いた。たきぐち?…滝口?
「きだ、りゅがみね」
 いや、そうだけど、その通りだけど。だけど。
 滝口(仮)は、俺達を指差し名前を呼ぶと、にっこり微笑んだ。その柔和な笑顔は滝口(本物)にそっくりで。

 どうやら、滝口が小さくなってしまったのだと、理解した。





 そして時は動き出す、ザ・ワールド、じゃなくて。
 時は俺が回想を繰り広げている間も動いていて、空はもう薄暗くなってきていた。
「ええと、本当に滝口君なの?」
「うん」
 …随分小さくなっちゃったな、滝口、おい。
「家、どこだっけ?滝口君」
「ないしょ」
「電話番号は?」
「ひみつ」
「…」
「…」
 ああそうですか。
 一通りこちらの質問責めが終わると、滝口(仮)…(仮)ってのもおかしいか、どうやら本物の滝口の様だし。…滝口(仮)改め、滝口(小)は俯き、悲しそうな顔をして眉間に皺を寄せた。その目が今にも涙が溢れそうな程潤んでいる。
「…正臣、滝口君の住所知ってる?」
「知ってて黙ってる程、俺の性格が悪く見えるのか?」
「見えないこと無いけど」
「…知らないよ」
 帝人は、三回目…四回目?忘れてしまったが、今までも何度か吐いている溜息の回数をまた一回増やし、泣きそうな滝口(小)の頭を優しく撫でた。(俺にもその優しさの半分位分けてくれたって良い、と思ったのはここだけの話だ)
「携帯の番号とかメアドは知らない?」
「滝口の?」
「当たり前でしょ」
「…知らない」
 もう口答えはしない、何を言っても溜息の回数を増やされるだけだってわかってるからな。ちゃんと学習したよ、俺は。はは。なんだこの乾いた笑いは。
「学校の連絡網でも使って、滝口の家の番号調べるか?」
「僕達全員クラス違うし、大体今日は創立記念日で学校休み」
 …万事休す、万策尽きる。まぁ、万も策は無かったけど。
 また一回溜息の回数を増やす。さっさと交番に届けるという策もあったのだが、交番に近付くと滝口(小)は俺達の脚にしがみ付き離れなくなる為、今こうやって当ても無く彷徨っているという訳だ。やはり知っている人物と一緒だと落ち着くのだろうか。

 なんとも難しい状況にしてくれたもんだ、滝口よ。





「にーちゃ、がっこ?」
「いや、今日は休み」
「おやすみなのー?」
「うん、暇だー」
「ひまー?さみし?がっこーたのしい?」
「寂しい…って訳じゃないけど。学校は楽しいよ」
 にーちゃは、そういって、つくえのひきだしをごそごそした。
「これ、俺の友達」
 にーちゃがみせてくれた、しゃしん。きいろいかみのけのひとと、みじかいかみのけのひと、まんなかに、にーちゃがいた。
「にーちゃ?」
「そう。真ん中が、俺。で、こっちが紀田」
「きだー」
「こっちは竜ヶ峰」
「りゅがみね」
「そうそう、賢い」
 にーちゃはにっこりわらって、ぼくのあたまをぽんぽんして、かみのけをくしゃってした。そのあと、がっこのおはなしをいっぱいしてくれた。