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ちいさなもののおおきさは

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 缶の蓋を開け、弟の口元に持っていった。弟は、少しだけ溢れているココアを舌で舐め取ると、再び俺の肩に顔を埋める。
 沈黙が続く。回りに歩く人達から聞こえる声の集まり、ざわざわという音が、まるでとても遠くから聞こえてきている様だった。
 …俺も帝人も、なんとなく気付いていた。今日中には滝口を見つけられないかな、って。勿論、今日が終わり、土日の休みが終わり、月曜日になったら滝口には会えるだろう。俺達高校生にとって三日間なんてあっという間だ。しかし、いつも一緒にいる家族がいない状況での小さな男の子からしたらその期間はあまりにも長く、寂しい。
 ごめんな、なんて心の中で思いながら、諦めが脳裏をよぎった、時。
 どこかで聞いた様な、聞いたことの無い様な、聞こえているのか聞こえていないのかもよくわからない小さな音が、鼓膜を奮わせた。…なんだっけ、これ?どこから聴こえてる?

「…にーちゃ…?」

 唐突に弟が顔を上げた。

「にーちゃっ」

 ぐい、と俺の肩を押し、弟は俺の体から転げ落ちる様に地面に落ちた。

「!?おい」
 倒れた弟を起こそうと触れようとすると、弟は何も言わずだっとそこから走り出した。…おい、俺達からも離れたら、お前、月曜日になっても滝口と会えなくなるぞ、おい!
「おい!!」

 帝人が、俺より先に追いかけようとしていたが、目の前は真っ暗。小さな男の子は一瞬で見えなくなってしまった。
 
「…行こう」





「タッキー、大丈夫かな」
 聞くのが二回目の台詞だ。今度も、ワゴン内にいる全員から返答は無い…かに思われたのだが。
「大丈夫だとしても」
 返答したのは俺だった。
「…行ってやれば良かったな」
 信号は黄色。いつもなら渡ってしまうが、今回はブレーキを踏んだ。左右を確認する。信号は赤に変わった。
「行くか」
 門田さんが、車が走ってきた方向、つまり後ろを振り向いて言い放つ。まだ、滝口とはぐれた公園からそう遠くまで来ていない。
 ハンドルを切り、Uターンする。ワゴンの中は再び沈黙に包まれたが、進行方向が変わったその時から、なんだか微妙な空気は取り除かれた様に思えた。






 一人だ。
 さっきまで居たワゴンの中の暖かい空気、背中を撫でられた感触はまだ残っていた。しかし、今は暗い公園の中一人だ。
 一通り探した。公園内を何周も何周も周り、トイレの中、ベンチの後ろ、花壇の隅まで全部見た。弟は居なかった。
 溜息も出ない。もう8時半になろうとしている。暗い。怖い。弟が居ない、今弟の無事が分からないという不安定な状況が、とても怖い。
 俺はこれまで何を自惚れてたんだろう。とおるは凄く良い子だったし、俺の言うことをきちんと聞き分ける賢い子だった。優しくて、可愛くて、愛しい存在だった。だからずっと一緒だなんて、そんな甘い考えをなんで抱いていたんだろう。
 優しくて、可愛くて、愛しい存在が今、居なくなっている。ぽっかりと、その存在の部分に穴が空いてしまっている。
「…とおる」
 落ち着け、落ち着けって何度も繰り返した。俺よりもずっと不安な筈だ。俺がこんなにグラグラしてていい筈が無い。
 そんなマイナスな考えばかりが巡っている中、こつん、と音が聞こえた。今自分が座っているベンチと、何かが当たる音。左手をポケットに突っ込むと、見慣れたハーモニカが出てきた。…持ってきちゃってたのか。
 ちょっと外に買い物に行こうと思っていただけだったので、家を出る際、出る直前まで吹いていたハーモニカをポケットに突っ込んだんだった。学校ではいつもポケットに入れてるから、その癖かな。
 はぁ、と息を深く吸い込み、無意識にハーモニカを口に押し付ける。慣れた感触が唇に感じられた。
 軽く息を吹き込むと、今の気持ちと正反対の音が飛び出る。毎日毎日、欠かさず聞いている音。音を連ならせ、重ね、高くして、低くして。
 …とおるも、音楽みたいな声を出していた、って思うのは、俺が毎日音楽と関わってるからかな。寂しい時、嬉しい時、全く違う声を出し、身体を動かし、そして聞き慣れた優しい声で俺を呼ぶのだ。俺を、


「にーちゃ」


 そしてその声は、いつ聞いても、何度聞いても、俺を幸せにする。




「…とおる?」
「に、」
 いちゃ、を聞く暇も無く、とおるはこちらに向かってきた。震える足をもつれさせ、転んだ。立った。走ってこっちに来た。


「…とおる?」
「に、」
 にいちゃ、っていえなかった。にいちゃがいた。はしったら、あしががくんてなって、こけた。
 なかないよ、
 にーちゃ、
 にーちゃ



 腕に収まる小さな身体は、倒れる様にして俺にもたれ掛かった。小さな身体の小さな背中に、腕を置いた。撫でた。震えていた。
「とおる」
 うん、と小さな身体は小さな声を吐く。
「にいちゃ」
 何度も何度も俺を呼ぶ声は、何時間か聞いていないだけなのに酷く懐かしく感じられた。俺も、何度も何度も弟を呼んだ。
 抱きしめるその小さな身体はいつもよりだいぶ冷たかったが、自分の目元がいつもより倍以上熱くなっているから、なんだ、もう、もう良いや。




「あれ、門田さん」
「紀田」
 今日はよく会いますね。
 そうだな。
 俺と帝人と、今会った門田さんと、いつものワゴンのメンバー。皆公園の前に居て、小さな子と大きい子が抱き合うのを遠目から見ていた。
 全員なんだか凄く良い顔をしていて、俺は今のこの感じをずっと忘れたくないなーなんて思っていた。

 さて、弟。お前には今から、兄からの初めてのお説教が待っているのかもしれないな。

 そしてそれが終わって、あいつらが帰路に着くその時に。滝口、お前に言いたい事があるんだ。
 お前って何人家族なんだとか、弟は可愛いかとか、入院したあの時は見舞いに行けなくて本当にごめんなとか。…でも最初に言うことはもう決まってる。
 





「たーきぐちぃ、お説教はしないのか?」
「…紀田?なんでここに…竜ヶ峰も」
「あーいや、弟君を連れまわしてたのは僕らだからさ…」
「え、…うそ、マジで?うわー…ごめんな、さんきゅ。…あれ、門田さんも」
「さっき引き返してきたんだよ、やっぱ一人にさせるのもどうかと思ってな。来た時には二人だったみたいで、安心した」
「…すいません、ありがとうございました、本当…」
「…で?お説教はしないのか?」
「あー…まぁ、帰って飯食って、風呂入ってる時にかな」
「あっそーなの、…甘いなぁ」
「俺が見てなかったのが悪いしなー…っと、もうこんな時間か、帰るか、とおる」
「うん」

「あ、滝口」
「ん?」

「月曜でもいいからさ、今じゃなくてもいいから、…メアド交換しよーぜ」