ちいさなもののおおきさは
…まぁ、俺達が無意識に深く入らない様にしていただけかもしれないけれど。滝口が入院した時、彼は「お前等のせいじゃない」と笑って言った。それでも、彼を襲った黄巾賊は俺のグループだ。…そして、滝口がダラーズなのかを本人にはっきりと聞いたのは俺と帝人。そして、彼は「ダラーズに入っている」という理由で襲われた。…罪悪感を感じずには居られなかった。もうそんな思いをさせたくない、そう思って、何も話さない様にしていたのかも。
本当、弱いなぁ、俺は。
「紀田?」
ふいに名前を呼ばれた。滝口かと思って顔を上げると、滝口では無い知人が立っていた。
「…門田さん」
「何してるんだ?こんな時間に」
「門田さんこそ」
そう言うと、門田さんは少し考えた後、「色々あってな」と呟いた。「長い話になりそうだから、話すのはまた今度な」と最後に添えて。
「紀田は何してるんだ?」
「あーいや、ちょっとトイレ待ちで」
「友達と来てるのか?早く帰れよ、もう暗いぞ」
「もう高校生ですよ?大丈夫ですって、ありがとうございます」
心配性だなぁなんて笑っていると、トイレからがちゃっと扉の開く音がする。終わったかな?あ、というか、門田さんに滝口(弟)のことを伝えとけば…
「悪い、ちょっと急いでるから、俺行くわ。またな」
そう俺に告げると門田さんは足早に立ち去り、近くにあったサービスカウンターに居るお姉さんに声をかけた。ナンパ…な訳無いか、門田さんだし。門田さんにこの迷子の事を伝えておけば、ワゴンに乗っていつも走り回ってるからどこかで滝口を見つけるかもしれないと思ったんだけど。まぁ急いでたみたいだし、仕方ないか。こっちも帝人達が戻ってきたしな。
「ごめん、正臣。待った?」
「ぜーんぜん。弟は?」
「いるよ。弟君、すっきりした?」
「…うん、ありがとう」
出会ってから初めて見せる弟の笑顔は、俺ではなく帝人に向いていた。ちくしょうと思ったけど、まぁ可愛かったからよしとするか。笑顔を見せた後、恥ずかしそうに俯く滝口(弟)を見ながらそんな事を思っていた、その時。
滝口(弟)はぱっと顔を上げ、きょろきょろと周りを見渡した。なんだ?何か良いもんでもあったか?…買わないぞ。
「…ここ」
「ここ?」
「…ここの、おかしのとこで、にーちゃがいなくなったの」
「あ、ドタチン。どうだった?」
「今放送機器が故障してるらしくて、無理だった。悪いな、滝口」
その呼び方は止めろ、よりも先に、滝口に事を伝える門田さんは実に大人だ。まぁ、俺でもそうするけど。
「…そうですか、すいません」
「謝ることじゃないさ。…その感じだと、そっちでも見つからなかったみたいだな」
狩沢と遊馬崎がこくんと頷く。滝口は表情を一層暗くし、口元を押さえた。今度は、泣かなかった。
「とりあえず、ここは十分探した。もう一度外に出て探そう」
「…すいません、迷惑ばっかりかけちゃって」
「迷惑じゃないから、気にするな。ほら、行くぞ」
門田さんが滝口の手を取り、そのままスーパーから出る。いつもならこの状況だと目をキラキラ輝かせて見ている筈の狩沢も、今回ばかりは自重しているのか黙って後ろから着いて行った。遊馬崎と俺もそれに続く。
車の鍵を開け運転席に乗り込んで、他の座席の鍵を内側から開ける。滝口が入ってくると同時に、弟が行きそうな場所を聞いてみた。
「…あの、十字路の所の公園かな。よく行くので」
「わかった」
アクセルを踏み込み、車が動く。公園までの距離は、そう遠くない。
『滝口亮様、滝口亮様。おられましたら、サービスカウンターまでお越し下さい』
ついさっきまで故障していたらしい放送機器が直ったと同時に、放送をしてもらった。そして、修理してから第一号の放送が鳴り響いて何分かそこに居たが、誰もそこに来ることは無かった。
「ここには居ないっぽいな」
「そうだね…お菓子売り場辺りにもいなかったし、他を当たろうか」
にしても、もう八時になろうとしている。そろそろ帰らないと、本当に補導されかねない。やっぱり今日は俺か帝人の家に泊まらせるか?…いや、まだ早い。
「とりあえず、もう一回外を探そう」
そう言って、滝口(弟)の手を引く。…歩幅の小ささが気になったので、その場で抱きかかえてスーパーから出た。
首元に小さな男の子の息が掛かる。と、次の瞬間、ぎゅっと体を抱きしめられ、肩に暖かいものが押し付けられた。弟が腕を回して顔を埋めてきていた。じんわりと服が水分を吸うのを感じる。
弟を抱く腕の力を少し強め、背中を擦ってみる。ひく、ひく、と、定期的に背中が震えた。本当に、耳元から発されていない限り聞こえない様な小さな声で、にーちゃ、にーちゃ、と兄を呼ぶ声が聞こえた。
…滝口、お前、こんな小さいの泣かしてんじゃねえよ。
公園の入り口付近に止まるワゴンの中。口を押さえたまま、滝口は小刻みに肩を震わせ続けた。
「…タッキー、大丈夫?」
「すいません、俺…すいません」
いいよ、大丈夫だから、珍しく酷く優しい声を出しながら、狩沢は滝口の背中を撫でていた。その様子を見ながら、門田さんが気を遣いつつも話しかける。
「とりあえず、俺達はお前の弟を見たことすらない。俺達だけで行っても分からないから、滝口」
「すいませ、…行きます、ありがとうございました」
ドアに手を掛け、音を立てて開く。冷たい風が車内に入ってきた。
「俺達も行くぞ、もう暗いし、一人より何人かで行った方が」
「…そんなに迷惑ばっかり掛けられませんから」
それに、大人ばっかりでこの時間に公園に入ったら怪しいじゃないですか。そう言いながら、目尻を赤く染めた滝口は眉間に皺を寄せたまま口の両端を上げた。無理矢理作った笑顔だと、すぐに分かる表情だった。
「確かに、そう…かもしれないけど」
「大丈夫です、俺。本当、会ったばっかりで、しかも車の前に飛び出してきた奴なのに、ありがとうございました」
滝口は車から降り、とんと音を立てて地面に足をつける。その後も何度が頭を下げ、公園に向かって歩いて行った。辺りはすっかり暗くなっており、滝口の後姿はすぐに闇に溶け込んでいく。もう、見えない。
「タッキー、大丈夫かな」
狩沢の心配そうな声に、誰からも返答は無かった。
暗い。もう太陽の光は無く、暗い道を二人で歩く。その内の一人…俺、に抱かれている弟は、絶えず肩を震わせていた。…こんなに小さいのに、まだ大声を上げて泣いてもおかしくない年齢な筈なのに。強い子だ。
「ちょっと休憩しよっか」
弟君も落ち着かないみたいだし、とは口に出さないが、帝人が弟を気遣っていることを理解し、足を止めた。十字路近くの公園の入り口にある自動販売機前。帝人が自動販売機に小銭をいれ、弟に何が良いかを聞く。俺にも聞けよ、なんていつも通りの会話は繰り広げられなかった。弟は、小さな声で「ありがとう」と言った。何が欲しいかは、言わなかった。
「…大丈夫だよ、見つかるからさ」
そう言いながら、帝人は暖かいココアのボタンを押す。ガタン、と、音を立てて缶が落ちてくる。その音がいつもより大きく感じられたのは気のせいだろうか。
作品名:ちいさなもののおおきさは 作家名:アキラ