南雲と涼野
支離滅裂な文に埋め尽くされたノート。表紙にはその内容にぴったりな四字熟語がでかでかと、太い黒の油性ペンで書かれていた。
「……なにがやりてぇんだよ?」
そのノートをばさりとベッドの上に放り投げる。厚みの無い大学ノートは布団に沈む事なく、そこにただ鎮座する。
この無意味な文が綴られたノートの作者でもあり、部屋の主でもある男は、チラリともその彼の動作を見ず、黙々と同じノートを作り続けている。質問を聞いている様子は無い。質問をしたその男はため息をつき、ベッドに飛び込むようにして身を横たえた。幼い彼の体は深くベッドに沈む。ノートは、沈んだ彼に向かって下るような体制で布団の坂の上でアンバランスに静止していた。
無意味にノートへ文を書き続ける男はともかく、この部屋に来訪した彼にはやる事が無い。しかしそれでも、何か無いかとそのままの体勢で部屋を見回すが、ポスターもラジオもないこの部屋には、当然ゲームや漫画などの娯楽も無かった。あるのはクローゼットと勉強机、多種多用な辞書や、小難しい本が詰め込まれた本棚だけである。
(もしも自分がこんな部屋で生活するとなったら1時間で欝になるな)
と、ため息を吐きながら彼は想う。
それでも何かを探し、やはり何も無いことを悟って彼は彷徨わせた目に静かに瞼を落とした。
ここには、本当に何もない。
ただ学生が必要とするものだけが用意されている、清潔な部屋。もしもここに自分や部屋の主が居なければ、部屋主が存在しないと見なされそうな、つまらない部屋である。
しかし、別の言い方をすれば、この部屋の主そのものを表している気さえする部屋だ。
クーラーも何も利かせていない薄暗い部屋は何故か空気が冷えていて鳥肌が立つほどに寒いし、ゴミどころか埃も見つからない所は主の神経質さと誠実さ、総称して“潔癖症”である所がよく分かる。