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南雲と涼野

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 愚か、バカ。そう部屋主に何度となく罵られた来訪者といえど、その言葉を聞いて、彼の胸中を図り知ることはできる。
 知ることができて、彼は先ず、バカだろうと、彼の言葉を一笑し、一蹴した。
 “何も無い。”それがどういう意味なのかこいつはわかっていない。何も無いなら悲しむことももしないし、人を見下したような、腹の立つ態度もしない。怒鳴ることもないだろう。また同じく、何も無いなら、2人共通して行っているスポーツだって、彼は楽しげにやることも無い。それなのに彼は、何も無いなどといって悲しむのか。
 理解ができない。部屋主の思いを。

 けれど彼は、その言葉と思いを撥ね付ける一方で、思い当たる節が浮かび理解していた。
 彼は度々、一人になるときがある。それは本を黙々と読んでいるときだけでなく、数人が集まって輪となり話をしているとき、ふと気づけば何もしゃべらず、そのままするりと消えて一人になっていることが。
そしてまた、ひどく自分を貶す時がある。自分はつまらない人間だ、自分はいいところなんて何にも持っていない、人に好かれるような人間じゃない、むしろ嫌われるような人間なんだ。そうして一頻り自分を詰った後、酷く眩しそうな顔で来訪者を見、「いろんなものに囲まれている君が羨ましいよ」と、声を僅かに震わせて言った。
 彼の言葉をもっと深読みするならば、何事にも無関心になってしまうこと、倦怠感に襲われたかのように、ただぼうっとしているところ、死人のような目で人を見ていることなど、それらも含まれているのかもしれない。

 来訪者はそれらが思いつき、部屋主に対して、酷く悲しい思いを抱く。

 少なくとも来訪者は、彼のいいところを知っている。言動には微塵も出さないが、思慮深い所、頭がいい所、冷静な所、何でもキレイに完璧にこなす所、潔癖症でキレイなモノを作り上げるところ、要領がいい所。自分の知らないものを知っていて、いろんなものを教えてくれる。例え罵られようと、嘲笑われようと、それでも必ず、教えてくれる。あまりにもわかり辛い優しさは、彼の人情が見て取れて、好感を抱ける。
 腹立たしい性格もまた彼特有の性格だと思えるから、マイナス要素とは思えない。むしろその腹立たしい性格だからこそ、――口汚く罵ろうとも、何でもきちんと構ってくれる優しい性格だからこそ、彼は思う存分自分の感情をぶつけられる。「怒り」という感情で表した、甘えができる。同じような沸点だからこそ、同じ怒りに腸〔ハラワタ〕が煮え繰り返り、互いに愚痴の零しあいだってできる。
 彼は、何も持っていなくなど無い。いろんなものをきちんと持っているのだ。持っていないと言った面白いところも、いい所も、好かれるところも。
 
それに、そんな彼に惹かれる人間だっている。惹かれて、部屋に入り込もうとする人間が。

「――部屋には……俺がいるだろ」

 溢れた心中の悲壮が吐露される。寂しさと悲しみに情けなく下へと向けた目が、涙の膜を張る。
 部屋主は、目を見開いて彼を見た。
 それから、眉尻を落として、言った。

「――そうだね」
作品名:南雲と涼野 作家名:土筆