身の上話をしよう
1年、2年と時が過ぎていく。
彼は、何かを考え込むことが多くなった。ボンゴレのことでもなさそうだ。ボンゴレのことだったら、いつも僕に相談してくれる。
考えていることが何か、察したのは、友人の結婚式があった時だった。
中学の頃からの友人だったそうだ。仕事があって長居できないからと、正式に参列はできなかったが、一緒に教会の入り口から少し離れたところで見届けた。
何人もの小奇麗な服を着た若者達が、扉が開いた瞬間に歓声を上げる。
――誰もに祝福されて、最愛の人と共に、幸せそうに笑う友人。
その姿を見る彼の表情を見た瞬間、僕は彼の抱く思いを察した。
「友人」を自分に重ねているのか、僕に重ねているのか。おそらくはその両方だと思う。その日以降、綱吉はまた、物思いにふけることが多くなった。
幸せなんて人それぞれだ。
言葉を選ぶことが苦手な僕が、全ての思いをこめて伝えたのは、その一言だけだった。
もし僕がもっと饒舌だったなら、僕らの未来は変わっていたのだろうか。
けれど綱吉は見た目以上に頑固な子だ。僕はぎこちないなりに自分の思いを伝えながらも、結局は、綱吉の判断に任せた。彼の人生だ。彼が決めればいい。
別に、冷静なんじゃない、ただ、何もできなかっただけだ。今ならそれを自覚している。
僕は久しぶりに、綱吉を水族館に誘った。
中学の時に行ったきりだったので、外装がかなり変わっていることに驚いた。小さな遊園地まで敷地内にできている。
彼は童心にかえったようにはしゃいでいた。
平日の昼間だったので、客はほとんどいない。誰もいないフロアで、僕は彼の手を握った。彼はしっかりと握り返してくれた。僕達はそのままそのフロアを、なんてことのない話をしながらゆっくりと歩いた。
もう、やめる。
彼が話を切り出したのは、イルカショーの放送が終わり、静けさに包まれた頃だった。
あぁ、そういえばそこは、彼が寂しそうに、手を繋げないと零した場所と同じだった。
うん、だなんてあっさりとは言えなくて、どうして、とだけ聞き返した。
綱吉はぽつりぽつりと言った。
中学の時だけなら、まだよかった、こんなにずっと、ヒバリさんのことが好きだなんて、正直思ってなかったんです、幸せになってほしいし、幸せになりたい、普通の幸せじゃないと、オレ達のまわり、オレの家族も、ヒバリさんの家族も、幸せにすることができない、もう、これ以上、ヒバリさんを好きになることがこわいんです、綱吉の言葉は、拙いけれど、まっすぐだった。
今さら僕がどうこうしたところで、折ることができるような思いではないと悟った。
綱吉は僕への思いを諦めたのだ。
近くにいてはつらいだろう。そう思って僕は、彼の住む土地から離れ、仕事上のやり取りを数回するだけになった。僕としても、僕のものではない沢田綱吉と、どう接すればいいのか分からなかった。
僕は仕事に没頭した。なぜならそれ以外にやることがない、考えることがないからだ。この感覚は中学の時に似ている。綱吉に出会う前の頃だ。
ありきたりな言葉だけれど、彼がいなくなってはじめて、僕がどれだけ彼を思っていたのかが分かった。
情けない話だ。自分は惚れられた方だなんて余裕、本当は持ち合わせていなかった。どっちが先だったかなんて関係がない。僕は彼と同等かそれ以上に、彼を思っていた。
それからまた、一年が経った。
本拠地での仕事があった。いつもなら断るその仕事を、僕は無意識に引き受けてしまった。
アジトに入ると、懐かしい顔ぶれに会った。ボスにもちゃんと挨拶しろよな、たしなめるように言われる。
誰もいない、冷えた回廊だった。
曲がり角で、彼と再会した。
身長は少しくらいは伸びたのだろうか。ぱっと顔を上げた綱吉と、目が合った。
お、
ひさしぶりです、なんて言おうとしたのだろう。
綱吉は途端に、顔をくしゃくしゃに歪めて泣きじゃくった。震える両手で顔を隠すように、何度も何度も涙を拭っていた。
なんなのこの子は。会って早々。
足元に涙の粒が落ちていく。
泣きすぎだろうと思ってたら、僕の涙も1つだけ混ざっていた。
ヒバリさん、と綱吉は鼻を啜りながら言う。ごめんなさい、と震える声で言う。
オレ、母さんの幸せでも、ヒバリさんの普通の幸せでもなくて、オレの幸せを選びたい。
綱吉の我儘を聞けるのは、もちろん僕だけだ。
終