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マッチ売りの〇〇

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あぁ喉が渇いた、あぁ腹が減った。
誰に施しを求めるでもなく、嘆く。
忙しなく行きかう人々を一々目で追う事にも疲れ、少年は虚空を見つめて力なく言った。
「マッチはいかが」

手元の籠には、黄色い頭のマッチが詰まっている小箱が10ダース。足元の大きな木箱には今朝この場に立った時と同じ数だけの大量の小箱が収まっている。これを売る気は、ない。売りさばいたところで入る金など高が知れているし、それも全部兄達の手柄と父の肥やしにしかならないことは火を見るより明らかだ。だから、売らない。売り賃を渡せずに殴られるのは自分で、更なる生活苦を強いられるのも自分だが、それにも増して奴らの利益を妨害することの方が重要なのだ。期待を削がれた間抜け面というのが、少年にとってどうしようもない生き甲斐となってしまっているから。

「腹減った」
すと、と木箱に力なく座り込んだ。腹が鳴る分には、普段からそこそこの摂食はできているということなのだろう。それでも、12歳の発達ぶりではない。
「あー、うぜぇ」
風に乗って鼻腔をくすぐる魅惑の夕餉の香り。何の香りかは知らないが、腹立だしいまでに食欲を誘う。少年は舌打ちをして、手元のマッチを一本、壁にこすって火を点け、すぐに吹付けて消した。そして、苦い煙の臭いを口の中が不味くなるまで吸いこんだ。口元を抑えて、何度も何度も煙を呼吸して。吐きそうになって涙目になりながらも、少年は満足げに肩を落ち着けた。

「なに、それ。新しいクスリ?」
少年が箱に座ったまま仰ぎ見るとふわりと柔らかい金髪の男が、少年の膝元に手を伸ばしたところだった。
「いくら?」
顔を上げた男は、3つの小箱を少年の目の前にかざした。
「金は要らねェよ。欲しけりゃ持って行け」
少年が面倒くさそうに言うと、男は少年の頬に手を伸ばし、体にまとった甘い花の香りを肌に擦りつけた。
「ごめんね、今日はお金しか持ってないんだ。明日はちゃんと、お前が欲しいものを持ってくるから」
憐れむような表情を見せ、男は一度だけ少年をハグすると名残惜しそうにちらちらと振り返りながら立ち去った。
残された少年は、苦みを失った息を吐き出して眉を顰めた。
「あぁ、さみぃ」
ぐるぐると、得体のしれない感情が頬の辺りで渦巻いていた。


翌晩も少年は、壁にマッチを擦りつけた。食欲を削ぐ煙の臭み。ケホッと咽て、少年は壁に背をつけずるずると座り込んだ。
「マッチはいるか」と道行く人に問えば、誰もがいらないと無言で答える。売り子にも買い手にも必要とされていない商品は、母親に捨てられて父親にも真っ向から要らないと告げられた、自分たち兄弟によく似ている。もしも父親が子供たちに商売を強要しなければ、今頃はきっと不遇の兄弟は仲良く助け合って生きていたことだろう。だが、父親は少年の才を知ってしまった。口八丁に手八丁、三枚舌の商売人を、父親は残酷にも贔屓し他の兄弟たちを辱めた。親によって「差別」の概念を植え付けられた少年の兄達は、意地の悪い本能のままに毎日侮言を吐き、父親の知らぬところで少年の体を傷つけている。少年の人生は、痛くて苦くて冷たいものに満たされていた。
「そのクスリ、そんなに気持ちいいの?」
昨晩の金髪の男が、少年の前に屈んで笑った。
「クスリじゃねぇよ、ばか。マッチだ、マッチ!」
「怒った」
男は微笑んで、少年の髪を指で梳いた。
「勝手に触んな」
少年が噛みつくように声を張り男の手を払うと、男は声を上げて、あははと笑った。
「面白いな、お前。・・・おっと、今日はいいものを持ってきたんだ。ほら、どうだ?これ。お兄さん特製の美味しいパンだよ」
高級そうな店の紙袋から男が取り出したのは、ほくほくと湯気をたてたバタールだった。少年は思わず唾を飲み込んだが、顔を背けた。
「いらねぇよ」
男が、どんな表情をしたのかは少年には分からない。
「ねぇ、アーサー。呪いを信じる?」
「はぁ?」
「たとえば、お前はマッチの呪いにかかっていて、その木箱の中身が全部燃え尽きると、流れ星に連れて行かれるの」
「へぇ、いい話じゃねぇか」
呆れ半分に鼻で笑ったが、半分には切望を込めた。誰からも必要とされず、誰を頼りにすることもできず、そんな雁字搦めの人生に明確な終りが見えているなどなんと素晴らしいことか。
「やだ!俺は嫌。アーサーが神様なんかにとられるなんて我慢できない!」
男は少年の肩をつかんでふるふると首を振った。少年はいい歳した男の奇怪な言動にげんなりしながらも、恐怖を感じざるを得ない点を指摘した。
「なんで俺の名前知ってんだよ。変態が」
「変態呼ばわりはひどい!なんで」
「どうせ子供に歪んだ愛情を注ぐタイプの人間なんだろ?たまにそういうやつに付きまとわれるから分かる。お前も絶対そのタイプだ」
「そ・・・じゃない、そうじゃないって。俺はただ、お前に愛を注ぎたいだけなの!」
「バカなのか?今俺が言ったこととそれと、どう違うんだよ」
「揚げ足とるなんてヒドすぎる」
「帰れ」
男は悲しそうな表情でアーサーの顔を覗き込み、昨晩と同様に頬を撫でた。アーサーが不機嫌そうに手を払いのけると、素直に腕を引いた。
「・・・分かった。次こそ本当に、お前に幸せを持ってくるから」
全身をふわりと包む花の香り。男は今日もアーサーを抱きしめた。不思議と抵抗する気も起きず、眠気にも似た静かな意識の混沌にアーサーは包まれた。


マッチの呪い――改めて考えるとふざけた呪いだが、本当にそんなものがあるのならば。
「神にすべてを委ねてみるか」
男と別れた夜の家路で、アーサーは木箱を乗せたソリを止め、マッチを擦った。人気もなく街灯も少ない砂利道の真ん中。燃え上がったとして何に危害が及ぶわけでもないだろう。
「じゃあな」
火の灯ったマッチ棒を、木箱に投げ入れた。が、不発。火は空中を飛んでいる間に消えてしまったようだ。
「なんだよ、この欠陥品が」
アーサーはため息をついて木箱の蓋を閉じ、どうしようもない気持ちになりながら再び家路についた。


三角屋根の小さな2階建ての我が家。アーサーは木箱を表玄関の端に置き、物音を立てないように家に入った。とっくに父親も兄達も寝入ってることだろう。起こせば明日の朝、余計な折檻を受ける。

作品名:マッチ売りの〇〇 作家名:したたらず