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前世を言うのは後にしてよ

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楓の幹に、耳を押し当てていた。
こと・・・こと・・・こと・・・。
まるで何かが近づく足音のように、幹を流れる水の音がしていた。
「待たせたな、猿飛。」
気付けば片倉さんが柴折戸の向こう側に立っていた。
伊達ちゃんちの、茶室である。
迎えに来たら、朝の茶事を行っていると言われた。
時間は9時。遅い方だけれどと言っていたのは、応対してくれたお手伝いさん。
母屋とも繋がってはいるけれどお客様をお通ししていい場所ではないから、とこっちに回るように言われたのだ。
高校三年生になった伊達ちゃんは、この茶室に入り浸って受験勉強をしていた。
入試も終わった今、文机などは片付けられたが、残る時間を惜しむように茶室にいるのだという。
ていうか、朝の茶事って何よソレ?夏にするもんだってテレビが言ってなかったっけ?
「どうもー、お手数をおかけしまして。」
俺様が苦笑して頭を掻くと、片倉さんは柴折戸を開けた。
「お前だったら、案内を待たずに入ってもお嬢様は怒らないと思うが。」
俺様は開けられたそこを通って、片倉さんについて行く。
「いやー、どうでしょ?そもそも路地って結界じゃない。案内無しで勝手に入って迷わないとは思えないなー。」
「・・・道理だが。よく知ってたな。」
「ていうか、普通にここ怖い。木で視界が利かないもん。」
冬枯れた庭とはいえ足元には、ふちの枯れた緑の苔が生す。
ところどころに蝋梅や、紅白の梅が咲く。猫柳の暖かそうな枝の向こうに、ちらりと見える日本家屋。
伊達ちゃんは、多分そこにいる。
この茶室に、俺様は初めて来た。
武田の大将の家でも思うけれど、一般家庭の住処じゃないよなーと改めて思う。
その路地に、伊達ちゃんがしたのだろう、丁寧な打ち水がしてあった。
来客のため、というよりも清めのために思える。
勝手に踏んで汚すのは躊躇われた。
だから余計に俺様は案内を待ったのだ。
「少し寒いが堪えてくれ。電気ストーブは入れてある。」
「そりゃ茶室だしねえ。」
「・・・恐らくお前が想像するよりだ。梅が散ったのを見て、梅雨だと仰られてな、無理に建具替えをなさったんだ。離れの茶席は今、夏仕様の建具になっている。何とか障子は入れさせていただいたんだが・・・。」
「・・・伊達ちゃんの酔狂ココに極まれりってカンジ。お母さんの茶会とか、どうするのよ?」
「・・・そのまま行うつもりらしいぞ。」
あー、と俺様は想像の限界に呻いた。
離れの茶席と、もっと小さな茶室と二つあるうちの大きい方に伊達ちゃんは居るのだと言う。
手と口をゆすぎながら教えられて、俺様はがっかりした。
特別な相手を招待する小さい茶室には、俺様は通されないらしい。
まあ武器の携帯厳禁の部屋らしいからね、とは思っても、俺様としてはショックだ。


「お嬢様、猿飛が参りました。」
「・・・入れ。」
障子一枚を向こうに隔て、正座の片倉さんが声をかけると応えがあった。
俺様は立ったまんまでその遣り取りを訊いて、片倉さんが開けた障子を潜った。
「おっはよ~、迎えに来たよー。」
「おう、ご苦労だな。まあ座れ。一服してく時間くらいあるだろ。」
伊達ちゃんは柄杓を手に取り、釜から湯を汲む。
あ、なんか湯気があったかそうで羨ましい。
「ああ小十郎、車の用意をしとけ。あと、障子は閉めるな。冬の庭は美しい。」
「・・・俺様、ダウンジャケット脱がなくていい?」
「構わねえぜ。それよりもうちょっとこっちに来い。そこじゃ寒いだろ。」
伊達ちゃんは一度もこっちを見ないでお湯を茶碗に落としている。
「何処に座ればいいの?俺様、茶道やったこと無いよ?」
「ここだ。」
そう言って伊達ちゃんが指差したのは自分の斜め前、道具が置いてあるところの横だ。
「・・・ここ座るところじゃないんじゃないかなぁ。」
そうボヤきながらも釜の暖かさに惹かれて座る。畳が冷たかった。芯まで冷えそう。
「No, Problem. 他に人はいねえんだ。大体、客を持て成すエンターテイメント性に欠けた茶事なんざ意味がねえよ。いいから暖かいところに座っとけ。」
言いながら茶筅を取って、伊達ちゃんはお茶を点て始めた。
俺様はぼけっと周囲を見回す。
多分、膝の傍にある道具は良いもの。高そう。釜は色が古色を感じさせて、なのに伊達ちゃんに寄り添うよう。ああ、片倉さんに似てる、燻したような色だ。で、柱には花生けが掛かっている。素焼きの茶色い焼き物に、活けられているのは紅梅。
「ほら、飲めよ。」
言葉とは裏腹に、丁寧に置かれたオレンジがかった色の茶碗。
中には鮮やかな緑。
「お菓子が先なんじゃないの、こういうの?」
「ああ、干菓子でよけりゃあるぜ。けど、先に体を暖めとけ。俺が亭主で、俺が法律だ。文句なんざ誰にも言わせねえよ。」
くつりと笑って言うから、苦さを覚悟して飲んでみる。
と、ふわりと広がったお茶の匂い。思ったより軽い、少しの苦味。飲み込めば、舌にほのかな甘さが残る。
身体に熱が染み渡る。
「意外に甘いもんなんだね?」
「というか、そういう茶を選んだ。少し気負いすぎててな。苦いので気を引き締めるよりrelax してえんだよ。」
あんまり素直に伊達ちゃんが緊張を言うものだから、俺様はくふり、と笑んだ。
「結構待ったもんねえ。」
「とても、凄く、大変、長い間待ったな。」
表情をピクリとも動かさず、伊達ちゃんが茶杓を袱紗で拭う。


それは昨日のことだった。
自由登校になった学校で、久しぶりに伊達ちゃんが俺様の教室にやってきた。
で、なんでか提出しなきゃならないレポートに齧り付いてる俺様に、気軽に言ったのだ。
「もう、いいんじゃねえのか?お前も入試、終わったろ?」
「へ?だからこれ、今日中に提出しないとなんないって担任が言ったんだけど?」
「A-, そっちじゃねえよ。」
「え?あれ?」
「真田、思い出してんだろ?」
ひょっとして、と思う俺様に、伊達ちゃんは、ちょっと疲れたような表情で言った。
「・・・あれ?俺様、教えたっけ?」
高校生活は穏やかに過ぎていった。過ぎるように努力していた。
前世がどうとか、過剰に反応しないように、でも記憶に引き摺られることにも、少し理解というか諦めを示せば、気持ちは穏やかでいられた。
伊達ちゃんは、不定期に真田の旦那が思い出さないのかと癇癪を起こしていたけど、それすら次第に少なくなっていた。
「あれー?俺様教えてないよね?ていうか、法則性だって教えてないよね?え、なんで、何でわかったの?」
伊達ちゃんは心底不思議がる俺様を見て、困ったように笑った。
笑顔がどこか、儚い。
「勘だ。アイツとオレの関係性を考えたらな、絶対、嫌なtiming で思い出すだろうって思ってたんだよ。入試直前とかど真ん中とかな。で、Are you sure?」
「あー、うん、ほんとほんと。ていうか、その通り。伊達ちゃんの入試直前3日前とかだったかな?こりゃ流石に黙っておこうと思って。で、その後に俺様も入試だったから、ドタバタしてたんだよね。」
「忘れてたって素直に言ったらどうだ?」
「えー、そりゃ無いよ。だって伊達ちゃんに会うのも久しぶりなのにさ。メールとか電話で教えるのも味気ないっしょ?」
「抜かせ。怠慢だな。」