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【東方】夢幻の境界【一章(Part6)】

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 しかし、これだけの情報でそれらすべての謎を解くのは難しい。
 もっと別の意見が欲しい。
 霊夢は用があると言われたのに、ほったらかしにされて少し不機嫌そうに話を聞いていた文に水を向けた。文はのそり、という音が聞こえてきそうなほどゆっくりとこちらを見た。
「文はどう思う?」
 その問いに文はこれまたゆっくりと目を閉じて、それからふむ、と頷いてから目を開いた。
 文にはいくつか癖があるのかもしれない。
「もしかして、アリスさんは魔理沙さんが宴会をひさしぶりだと思っていることに驚いたのではなく、そう思ってしまっていることに驚いたのでは?」
 似ているようで、まったく違う。
 前者の場合、そこにはあるのはお互いの価値観の相違だけだ。『あなたそう思ってるかもしれないけど、私はこう思っているわ』――そんな意見の不一致による驚きだ。だが後者の場合は少し違う。『そんな考え方は間違っている。おかしい。なぜそう思ってしまっているの?』――というような、はじめから相手を否定した考え方だ。これを文の考察に当てはめると、アリスは魔理沙が宴会をひさしぶりだと感じるなどありえないと信じていた、ということになる。つまり、前もって聞かされていたということになるのだ。『これから開催される宴会はひさしぶりのものではない』と。だからアリスは魔理沙の発言に驚いた。与えられた情報と違っていたから。信じていた情報が間違っていた。違ってはならないものが違っていたから。
 そしてその情報の発信源は、間違いなく紫だ。
 霊夢が紫とアリスの間に感じた食い違いはこのことかもしれない。
 けれど、そうなると気になることがある。
「文の言いたいことはわかったわ。それに私もその考えには同意する。けどそうなると、紫はわざわざ私が宴会を開くことをひさしぶりだと思っていないことをアリスに伝えていたということになるじゃない?」
 紫がそんなことをアリスに伝える理由がわからない。そんなことに何の意味があるのか。
 霊夢の疑問に、文は顔を背けるように目を閉じた。
 人の感情や言動の裏を読み取ることを得意とする文でも、この問いには答えられないらしい。
 当然だ。あまりに不可解すぎる。
「これ以上はさっぱりだな」
 魔理沙が箒に体重をかけながらおおげさにため息をついた。
 たしかにこれ以上のことを推測するには情報が少なすぎる。紫を問い詰めれば済む話かもしれないが、おそらくまともに相手にされることなく逃げられるのが落ちだろう。それにもし異変でなかったとしたら後が怖い。
 もっと情報がいる。
 それは魔理沙がここに来た理由であり、そして魔理沙の顔を見るに、そのことを言いたそうしていたのでその役割は譲ることにした。
「というわけで文、おまえにはこのことについての情報を集めて欲しいんだ。頼めるか?」
 文は霊夢のほうをちらっと見た。
 文としては仕事を請け負った以上、優先順位というものがある。だから霊夢の許可が欲しいのだ。
 霊夢としても新たな異変の可能性があるなら、文に情報を集めてもらうのが最適だと思うし、号外を配ってもらう片手間にできることなのでこちらとしても困ることは何もない。
「私からも頼むわ」
「わかりました」
 文は気持ちのいい返事とともに一際大きく頷いた。
「とりあえずここであったことは黙ってた方がいいな」
 それにはさっきからずっと黙ったままだった萃香も含め、その場の全員が同意した。
 文と同様幻想郷中を監視してる紫にばれぬように情報を集めるなら、できる限り秘密裏に行わなければならない。
「さて、では私は号外を作りに一旦家に帰りますね」
 各々が意見を言い尽くしたのを確認してから、文はそう言って一歩下がって飛び上がった。直前に萃香への会釈も忘れていなかった。
 自宅へと飛んでいく文を見送ってから、地面に置いたままの箒を持ち上げた。焚き火にしていた落ち葉の山はほとんど燃え尽きていた。
「あんたらはどうするの?」
 霊夢は振り向きながら訊くと、魔理沙はすでに箒に跨っていた。
「私も帰るよ。実はまだ飯を食ってないんだ」
 いままで話に集中していて忘れていたのに、今になって霊夢は自分も腹を空かせているのを思い出して腹を押さえた。ぐう、と音が鳴り、つい魔理沙と萃香のほうを見てしまった。二人から気づいていないぞ、という雰囲気がひしひしと伝わってきたのでこっちも無視することにしたが、それでも空しさが消えることはなかった。
「私もちょっと用事ができた」
 ずっと黙っていた萃香が立ち上がると、突然そんなことを言って身体を霧状にして消えてしまった。
 萃香の能力は自身の存在を疎めることによって霧のようになることもでき、境内に現れたときもその状態から存在を萃めて人の形に戻ったのだ。
「あいつどうしたのかしら」
 文が来てからというもののどこか様子がおかしかったが、文と何かあったのだろうか。鬼と天狗の間には霊夢が知らないような問題が他にもあるのかもしれない。
 首を傾げてそんなことを考えていると、ぶわっと風が吹いて落ち葉の燃えカスが舞ったので思わず手で顔の前に壁を作った。
 指の隙間から覗くと、左手で箒を持ってふわふわと浮きながら、右手を顔の前で立てて謝る魔理沙の姿が見えた。
「ちょっと、もっと静かに飛びなさいよ!」
 霊夢が怒鳴りつけると、魔理沙ははいはいと言いたげな顔で手をひらひらとさせた。
 箒から引き摺り下ろしてやろうと思ったが、どうせ魔理沙が逃げ回るだけで体力の無駄遣いになると判断してやめた。
「じゃあ私は帰るぜ!」
 魔理沙はそう言って逃げるように飛び去っていった。そのときの風でまた少し燃えカスが舞ったが、もう気にするのも馬鹿馬鹿しくなってきたので、持っていた箒でまた掃除をすることにした。
 宴会のことも紫とアリスのことも文が戻ってくるまではどうにもならない。霊夢ができることは、宴会の準備をするために燃えカスで散らかったこの境内を片付けることだけだった。
「……めんどくさ」
 そんな呟きとともに鳴った腹の音が、無人となった境内の哀愁を余計に引き立てていた。