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【東方】夢幻の境界【一章(Part6)】

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 これから言おうとしていたこと、黙っていようと思っていたこと、それらをすべて言い当てられ、霊夢は萃香ほどではないにしろ口を開けたまま呆然としてしまった。
 どうやら文は優秀な新聞記者だったらしい。
 黙ったまま感心していた霊夢は、文の「そういうことですよね?」という声で我に返った。呆然としたといってもほんの数瞬のことだと思う。
「……えぇ、そうよ」
 ややつっかえ気味に言うと、文はなぜかはにかみながら笑い、頬をぽりぽりと掻いてこんなことを言ってきた。
「いやー、実は私もひさしぶりに皆さんと宴会でもしたいなと思ってたんですよ」
 たしかに雪見酒は一年ぶりだが、宴会自体は一ヶ月前にやっているのに何故久しぶりなのか。
 妖怪というのは1000年以上生きるものがほとんどで、目の前で「ははは」と笑っている文も、後ろで焚き火に手をかざしている萃香もそうだ。そんな長命の妖怪たちからしたら、それこそ、一ヶ月など瞬きにも等しい時間だろう。だから「またか」と言われるならわかるが、「ひさしぶり」と言われるのは……いや、こうも考えられる。人間の寿命というのは妖怪に比べてあまりにも短い。だから人間と付き合う妖怪たちは、一緒にいられる短い時間を人間以上に大切にしているのかもしれない。だからこその「ひさしぶり」なのだろう。ほんの一瞬でさえ、妖怪の中では何倍もの思い出として蓄積されているのかもしれない。
 この際直接訊いてみようか。
 そんなちょっとした好奇心は、霊夢の視界に入った人影にかき消された。
「……魔理沙?」
 文の背後、神社を囲む森の上を飛んでこちらへと向かってくるのは、霊夢の旧友、魔理沙だった。
 萃香に魔理沙を呼ぶように頼んだ覚えはないが、そもそも普段から用事がなくても来るのだから気にする必要もないだろう。
 霊夢の視線に気づいたのか文が後ろを振り向き、それに釣られて萃香も立ち上がって二人の視線の先に目を向けた。
 魔理沙は文の目の前で箒から飛び降りるように着地した。魔理沙のトレードマークとも言えるつばの広い帽子を風で飛ばされないように手で押さえていたが、何の抵抗もないスカートは着地の際に大きく膨らみ、素足が見えていた。女なら帽子よりスカートを気にするべきだと思うのだが、それを魔理沙に言ったところで無駄だとわかっているので、霊夢は無視することにした。
「何しにきたのよ」
「あんまりな言い方だな」
 魔理沙はわざとらしく肩をすくめてそう言うと、箒を肩に立てかけるように持ち、文と萃香を流すように見ながら空いている右手を上げた。真面目に挨拶をするようなやつでもないし、今更そんなことするような仲でもないので霊夢はわざわざ挨拶を返すことなどしなかった。萃香も魔理沙同様手を上げるだけだったが、文はしっかりと「おはようございます」と言った。普段は飄々としたところがあるように見える文だが、根は真面目なのだろう。
「それに今日は霊夢に用があってきたわけじゃないぜ」
 そう言うと、魔理沙は文に視線を移した。
 どうやら文を探してここに来たらしい。
 文も魔理沙の視線でそれに気づいたらしく、姿勢を正してから手帳の入っているスカートのポケットに手を伸ばし、だが、すぐに下ろしてしまった。文の少し後ろに立っていたので、その様子が視界の隅に移っていた。職業病とでも言うのだろうか。その動作はすでに癖になっているようだ。
「私に何か用ですか?」
「おう。実はおまえに頼みたいことがあるんだよ」
「魔理沙さんもですか」
 文の言葉に魔理沙は、お、という顔をして霊夢のことを見た。
 萃香ではなく真っ先にこちらを見たあたり、なかなかいい勘をしている。もっとも、萃香が文に頼みごとをするなどありえないという考えからかもしれないが。
「なんだ、霊夢も文に用事があったのか」
「宴会でも開こうと思ってね。そのことを号外でみんなに知らせてもらおうと――」
 そこで言葉を切ったのは、魔理沙が眉根にしわを寄せていたからだ。
 変なことでも言っただろうか。
 そんなことを思っていると、魔理沙のほうから口を開いた。
 だが、待っていたのは予想だにしない質問だった。
「宴会って、おまえ一人で企画したのか?」
「は?」
 意味がわからない。なぜそんなことを訊いてくるのか。
 霊夢は魔理沙以上に眉根にしわを寄せながらこう答えた。
「まぁ、そう言えなくもないわね。もとは紫が言い出したことなんだけど」
 霊夢が言い切るや否や、魔理沙は「紫が!?」と叫んだ。
 あまりのことに霊夢が言葉を失っていると、魔理沙は叫んでしまったことを謝るように帽子をぐっとさげて顔を隠してしまった。 
 只ならぬ雰囲気に、文と顔を見合わせてしまった。
 様子がおかしいというより、魔理沙は何かを知っているという風だった。
「ちょっと魔理沙、どうしたのよ」
 霊夢が声をかけると、魔理沙はようやく顔を上げた。が、その顔はさっきまでとはまるで別人のようだった。
「霊夢、紫はなんて言ってた?」
 相変わらず要領を得ない質問に辟易しながらも、魔理沙の質問に答えることにした。きっと、答えなければ何度でも訊いてくるだろう。
 霊夢は顎に手を当てながら昨日の紫とのやり取りを思い出した。
「えっと……私がお腹が減ったって言ってたら突然現れてひさしぶりに宴会でもしないか、て言ってきたのよ。それで――」
 霊夢が再び言葉を切る羽目になったのは、魔理沙が愕然と目を見開いていたからだ。
 間違いなく、魔理沙は何かを隠している。
 それを理解するのと、魔理沙が口を開くのはほぼ同時だった。
「昨日、アリスの家に紫が来てたんだ。でもわざわざ魔法で声が聞こえないようにしてて、二人だけで宴会を企画してたから聞かれたくなかったって……」
 隠し事が親にばれて叱られている子供のような顔で吐露した内容に、霊夢は紫に対する不信感を抱いていた。
 アリスと企画しているなどという話は聞いていないし、そもそも二人だけで企画しているというのなら、なぜ自分に宴会の話を持ちかけたのだろうか。
 魔理沙が何か知っている風だと思った謎が、ようやくわかった気がした。
 あれは、何度も異変を解決してきた経験からくる第六感ともいうべき勘が働いたからだ。
 魔理沙は新たな異変の予兆を感じ取っているはずだ。だからこうして紫との会話を訊いてきたのだ。文に用事があるというのも、情報集のためだというなら合点がいく。文ほど幻想郷の情勢に詳しいものなどいないだろう。
「それで、今朝もアリスとその話をしてたんだけど、私がひさしぶりだって言ったらアリスのやつ、えらく驚いてさ。あの時のアリスは絶対に何か隠してると思うんだ。それなのに一緒に計画してる紫は霊夢にひさしぶりだって言ったんだろ?絶対おかしいぜ!」
「たしかにそうね」
 宴会については紫がひさしぶりだからと言い出したのに、紫と二人で企画しているらしいアリスはまるでそう思っていないらしい。しかも魔理沙のひさしぶりという発言に対して、アリスは魔理沙が不審がるほど驚いていたという。アリスが何かを隠しているという魔理沙の意見には賛同するが、それとは別に、紫とアリスとの間に妙な食い違いがある気がするのだ。