我が主に捧ぐ、滅びの詩
王位継承の儀は密やかに行われる。
決して広くはない城の敷地内にある小さな教会で、人々から忘れられた小国の新しい王が誕生した。
まだ肌寒い、春の夜だった。今日はこの国にとって大切な、記念日らしい。
初代の国王がそれまで支配されていた大国との戦に勝利した、といわれているそうだ。
何百年も昔で、書類も何も残っていないから、嘘かもしれないけれど。
昨夜、興味なさそうに銀時がそう言っていた。
あのゆるい男が今日はしゃんと着飾っている。その様子を俺は教会の屋上から見下ろしていた。
それなりの格好をしていれば確かにそれなりの身分に見えなくもない。
王家の血筋、と言われている白髪が嫌に目立つ。あの場所ではあいつだけだ。
それもそのはずだ。もうその血を流しているのは銀時だけなのだから。
「お前も見に来れたらよかったになァ、万斉」
くつくつと笑っていると電話越しの相手が鼻で笑っていた。
俺は煙草をふかしながら国王の誕生を祝う輩を眺めている。
浮かれた音楽がずっと演奏されていて、それに合わせて女たちがくるくる回っている。
みんな幸せそうだ。あの銀時でさえ、今日は死んだような眼を輝かせている。
子どもたちが何処からか摘んできた花を大事そうに握っていた。
俺はその光景がおかしくてたまらない。
「哀れな王の誕生だ」
周囲を列強に囲まれた小さくて無力な貧しい国だ。
誰も見向きもしない何の利益もないこの国を狙っているものが居ようとは。
ここにいる誰が考えるだろうか。
電話を切り、煙草の火を踏みつぶした。じゅ、と短い悲鳴が聞こえると火は完全に消える。
それくらい呆気ないことだ、この国を手に入れるなんて。
もう何も映らなくなった片眼に触れる。使い物にならない眼なんてただ荷物なだけだ。
金になるならそうしてしまおうと思った。路地裏の怪しげな男に話しかけられた時、そう思った。
俺の眼が気に入ったから寄こせという。金ならいくらでも渡そう。いくらがいい?と。
見知らぬ男は喜々として言っていた。ぎらぎらしたいやらしい目をさせて。
身なりはいかれた男には見えなかった。どちらかといえば俺の方が薄汚れたガキだった。
家もなく金もない俺は本当に何も持っていなかった。明日を迎える食糧さえも。
ここで死ぬくらいなら、この変態男に目玉を渡して金と交換しよう。男の言葉に頷こうとしたその時。
『ごめんねオッサン。こいつは俺のものだから』
いつの間にか俺の後ろに立っていた銀時が、さも当然のことのようにそう言った。
そして俺の手を引いて走った。必死の形相で追ってくる男をどんどん引き離す。
銀時は嬉しそうに笑いながら風のように走った。俺を世界の底辺から連れ出したのだ。
だけど連れて来られた世界はあまりにも眩しくて、俺には似合わなくて、俺はあいつを拒絶した。
与えられた綺麗な部屋もふかふかのベッドも、何もかも、今までとは違いすぎて訳がわからなかった。
いずれは国王になるガキの気まぐれなのか何なのか知らないが、俺は迷惑していた。
『偽善者ぶりたいなら、他を当たってくれ!!』
場所はそう、まさにここ。教会の屋上で、俺は銀時にそう叫んだ。
みんなから愛されている銀時を見ていると、自分がいかに恵まれていないのかを痛いほどに知った。
ここは命の危険もない平和な場所だ。だけど俺にとっては地獄と何にも変わらない。
結局は毎日毎日、痛い思いをしていた。体ではなくて、心が。
目に見えない傷ほど癒えるのに時間が必要になるのだ。それが苦しくて仕方がない。
だからもう解放してほしかった。暖かい毛布のような全身を締め付ける鎖から、逃げだしたかったのだ。
『違うんだ、』
銀時は泣いていた。泣きながら震える腕で俺を抱きしめた。
そしてそっと呟かれた銀時のちいさな闇に、俺も同じように泣いた。
屋上に吹く夜風はひどく冷たかった。今この腕を離したら凍えると思った程に。
あの日から、この眼はあいつのものになってしまった。
金になるはずだった眼を、丸ごと全部奪い去って、今も隣に俺を置いている。
時折、銀時は俺の眼を見たがった。普段は包帯を巻いて隠しているそれをあいつにだけは見せた。
もう何も映せないそれはただのガラス玉にすぎなかったが、それでもあいつは大事そうに瞼に触れる。
そして最後には必ず触れるだけのキスを落として、解いた包帯を銀時が巻きなおす。
この時間がたまらなく好きなのだと、そう言っていた。ただ何でもないその数十分が、幸せなのだと。
俺は銀時のその言葉を思い出しながら、乾いた笑いを零した。
この眼が最後に映した景色を、お前に見せたらどんな顔をするのか。
それを考えると楽しくて仕方がない。
だから今は、偽りの忠誠心を捧げよう。
暗闇に突き落とす、その日まで。
花火に火をつけた。大きな音とともに夜空に大輪が咲く。
それを合図に、下の奴らが一斉にこちらを見た。
皆、明るい表情で歓声を上げている。拍手の音が花火に負けないくらい響いている。
他の人間が花火を見ている中、銀時だけは、俺を見ていた。
その視線を真っ直ぐに受け止める。どちらからともなく、笑顔を零した。
背後には花火の大きな音。それに背中を押されるように俺は固く決意していた。
あの男からこの国を、奪おうと。
思えば、この瞬間にはもう銀時は気付いていたのかもしれない。
己が最後の国王になるだろうということに。
銀時が口だけで何か言っていた。俺にはそれが聞こえなかった。
作品名:我が主に捧ぐ、滅びの詩 作家名:しつ