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「おれはしずお。きょうからよろしくな。」
ぼんやりとした瞳は、寝惚けているからか、未だ焦点が合わない。これは何を聞いても生返事しか返らなそうだと、帝人は先程いざやと名乗った子供に語り掛けた。
「あっ、あの、いざや、君?」
「なぁに?」
「あの、その、君達、は、正臣の所から送られてきた、ので、間違いは無いんだよね?」
「は?ちがうよ。」
「え?」
「おれたちをつくったのはその“まさおみ”ってひとじゃないよ。あぁでも、たしかそうぞうしゃのしりあいにそんななまえのにんげんがいたかなぁ。」
作った!?、と仰天する帝人に、もう1つの手が何かを差し出した。
「これ、あずかってたモノ。」
受け取った茶封筒には、手紙と薄い冊子が入っていた。手紙の宛名には彼の幼馴染の名が記されている。冊子には"しずおといざやの飼育方法"、と書かれている。これは完全にペット扱いだ。
取り敢えず冊子はさて置き、茶封筒を開封した。曰く、
『よっ!帝人。驚いたか?そりゃあ中にいきなりこんなもの入ってたら驚くか。
 実はこれ、俺の友達が大学の研究チームで作った実験体なんだわ。なんとか成功したのがその2人。
 ただなぁ、そいつら他の事に追われてて、データ取りたくても中々取れないらしくって。
 最初は俺に鉢が回って来たんだけど、ほら、俺って子供苦手だろ?大体生き物の世話なんて出来ねぇし。
 そこでだ!帝人、ちょっとで良いから2人を預かって、データ取ってくれないか?
 一応愛玩動物として作った訳だから、癒し効果はあると思うんだけど。詳しい事は冊子に書いてあるから読んでくれよ。
 またこれに関してもお礼はさせて貰うからさ!!帝人しか頼める人、居ねぇんだ!!
 じゃあ、頼むな!あっ、分かってると思うけど、2人の事は他言無用で。一応、極秘プロジェクトだからな!
 またその内連絡します。2人には帝人の基本情報は与えてあるし、大丈夫だとは思うけど、何かあったら容赦なく躾けてやって。
 それじゃ!超イケメンの紳士、正臣がお送りしました~。』
だ、そうだ。帝人は途中破り捨てたくなる気持ちを抑え最後まで読み切ったが、結局我慢出来ず最後の最後で真っ二つに引き裂いた。
正臣の交友関係にケチを付ける訳ではないけれど、なんという胡散臭さだろう。大体、相手は見ず知らずの人間に自分たちの研究の成果を簡単に預けることを承知しているのだろうか。
だが、正臣がこれを帝人に依頼した背景に、何時ぞやにぼやいた「癒されたい・・・」の一言を彼が覚えていた可能性が高い以上、彼の気遣いであると言う線も捨て切れはしないのだが。
だったら先に一言位言ってくれれば良いのに、と帝人がげんなりした所で、両側の袖を引かれた。
言わずもがな、 いざやとしずおである。
「「お腹減った。」」
純真無垢な紅玉と琥珀は、帝人の葛藤など知りはしなかった。



 何はともあれ、受け取ってしまった以上、義理はなくとも責任感を感じてしまうのも帝人たる所以だった。
恐らく、また連絡する、と書いてあると言う事は、今連絡を取っても繋がらない状態なのだろう。試しに掛けてみたがやはり繋がらなかった。
いい加減な所もあるが根はしっかりしていて用意周到な彼だから、当分繋がらずとも困らぬよう必要な事は冊子に書いてある筈だ、と帝人は渋々と言った体で冊子を開く。
「何々・・・?あっ、餌の事が書いてある。」
兎に角、この腹を空かせた2匹をどうにかしなければならない。
しずおは空腹のあまり半分瞳が潤み始めていた。
『普通のご飯を与えましょう。猫耳が生えていても、本質は普通の人間の子供と同じです。』
あぁ、それで・・・。帝人はチラリと足にしがみ付いて催促する子供達を見下ろした。
「とりあえずいんすたんとなしょくじじゃなかったらなんでもいいけど、おいしいのつくってね。」
「あまいものがたべたい。」
猫のくせに大人しく鰹節でも齧っていれば良いものを、擡げたイラつきを心の中に押し込めて、帝人は台所へと立った。
幸い料理は得意だった帝人は、簡単な食事を作ってやった。簡単なパンケーキと紅茶、ポテトサラダとソーセージも付けてやる。
ちなみに、本日面倒臭がってまともな食事をしなかった帝人のメニューよりも豪華だった。


 もくもくと、一心不乱に食べるその姿は普通の幼児と変わらない。食べカスが口の周りに付くのも愛嬌だ。
だがやはり人ならぬ耳が生えている為に人間では無く、しかし動物か、と問われれば"違う"、とも即答できない微妙な出で立ちだった。
「美味しい?」
口に合わなかったとて文句を言われる筋合いは無いが、一応帝人は訊いてみた。
「うん、きゅうだいてんだね。」
「・・・ぅまい。」
片方可愛げの無いものだったが、良の答えを返され、帝人はほっ、と小さく息を吐いた。幼児の為に食事を作った事など無い。不安は残ったものの、出来るだけ食べ易いサイズにして出してみたが、不満は無いようだ。
クスッ、と帝人は笑むと、パンツのポケットからハンカチを取り出し、彼等の口元を拭ってやる。
「付いてるよ。そんなに急がなくてもご飯は逃げないから、ゆっくり食べて。」
「「うん!」」
全開の笑顔はまさに天使の如き愛らしさであった。帝人は、何かが胸を貫いた感覚によろめきながら、面倒ごとを押し付けた正臣に、ちょっとだけ、感謝した。


 しかし後日連絡してきた正臣に、しこたま文句と不満を帝人がぶつけたのは致し方ないことだった。


作品名:育児書は存在しません! 作家名:Kake-rA