弾けた
時々だけれど、笑ってくれる事がある。
理由もタイミングも僕には全くわからないけれど、口端がすこしだけ上がっていて、きっとこれが君の笑顔なのかなと気付いたのは最近の事。
僕は、憧れの君の近くに少しでも長くいたくて、同じ時間を共有する事で君を理解したいと思っているんだけど、
一体僕の何が君にそんな表情をさせるのかは解らないまま。
理解する事が出来たら、何だか今以上に君の事が好きになれると思うから、実は結構必死で君の笑顔を探して見ているんだけど、
(まったく解んないんだよね・・・)
弾けた
これ以上、なんて無いほど君に憧れ焦がれている自覚はあるのだけれど、君のその口が笑みを作る瞬間を見る事が出来たら、きっと、もっと、今以上の君の魅力が僕の中に溢れて満たされて、何でもない日も嬉しくなってしまう。そんな気がするんだ。
だから、どうしても笑って欲しくて君と会えない間にあった面白い話を少し大げさに話してみたりするんだけど、冷静沈着、寡黙、無表情、クールなどと評される君は中々に手ごわいったらないんだよね。
「それでね、ワンポったら見た通り毛でモコモコだから、ここ最近の暑さで参っちゃってストレスで毛を毟ろうとするからさ、10円禿が出来ちゃってさ」
「へぇ」
「見かねた鷹村さんが河川敷の川に放り込んじゃってね、」
「ああ、」
この話なら少しは笑ってくれるかと思ったのだが、目的の人物の表情は一向に崩れない。
笑うどころか口を開く形跡すらない。
今日は偶然ロード中に出会う事が出来て嬉しさのあまり図々しく途中まで一緒に走らせてもらっている。
相変わらずキラキラとした光を放ちながら、前だけを見据えて走る横顔に見とれてしまうのだが、今日の自分には野望とも言えるものがある。
(仕方ない、これだけはしたくなかったんだけど・・・)
「あのね、最近千堂さんがこっちに来てさ、」
「・・何でアイツがこっち来るんだ」
「えっ、あ、何か見たい試合が有るとかでこっちに来たみたいだよ。その帰りに家に寄ってくれて、3日くらい家に泊まってったんだ。」
「さっさと帰ればいいものを、」
「うん、でも試合が終わった後だから休暇中で暇なんだって言ってた。」
「あっそ」
これは解る。宮田君の眉間の皺が深くなって、周りの空気が少し冷たくなった。
明らかに、僕が怒らせた。
何か怒らせるような事をしただろうかと、今の会話を思い返すが特に気分を悪くするような話はしていない筈なのに。確かに、千堂さんと宮田君の仲は良好とは言えないけれど、そこまでいがみ合っているという訳でもないと思う。
怒りの原因が解らない以上、この奥の手を使って笑わせ、気分も明るくなってもらうほかないだろう。
「そ、それでね。僕たちが海に出てる間暇だから何かする事無いかっていうから、壊れてた物置の修理を頼んだんだよ。」
「・・・」
「それで、帰ってきたらきれいに直ってて、本当、僕も母さんも凄い助かって」
「それで?」
「うん、それで今にワイヤーが置いてあって誰がここに置いたんだろうと思って大きな声で言ったんだよ。「ここにワイヤー置いたの誰?」って」
「・・・」
「そしたら千堂さんが、「ああ、ワイヤー置いたんワイヤー」とかいうから、僕も母さんも爆笑で」
どうだ!
これは面白いはずだ。
その日は、千堂さんがこれ以外にも面白い駄洒落の連発で僕も母さんも笑い転げてたんだ。
笑わないわけがない。
宮田君も絶対笑ってる。そう思って顔を見上げてみた。
「・・・・」
「・・・・・・。」
(はずした)
最終手段だったのに、宮田君は笑うどころか「馬鹿だなコイツ」とあからさまに見下した目で、いや、それ以上に憐れんだような眼で僕を見ていた。
「おまえ、・・唯でさえ下らないのに、それ説明しちまったら余計にくだらねぇだろ。」
「僕は、千堂さんがこれは鉄板だって。言ったら無表情で無愛想な宮田君も絶対笑ってくれるって言うから、恥ずかしいの我慢して言ったのに・・・」
「無表情で無愛想で悪かったな」
「違うよ、宮田君は普段無表情で無愛想だけど、それはいつも冷静で落ち着いているってことだし、元々目つきがちょっと悪いのと寡黙なのが誤解されてるだけなんだ!本当は、僕が困ってる時も落ち込んでる時もさり気無く助けてくれる優しい人で、ただ、ちょっとその優しさが遠回しだから皆気付かないだけなんだよ。宮田君は何をするにも真剣で誠実な人だよ。解る人はきっとちゃんと解ってくれるよ。」
「・・・オマエは、」
僕はちゃんと見てるってことを知ってほしかった。
鷹村さんや皆は、僕の事を気持ち悪いだのホモだの宮田マニアだのと悪しざまに言うけれど、僕は僕のライバルであるこの人が輝いている瞬間が好きだ。
常に自分と戦い続ける、弱い自分を良しとしないプライドの高い「宮田一郎」という人が自分のライバルだという事が誇らしい。
僕の誇りは宮田君が僕を認めてくれている事だと言ってもいい。
それくらい、僕はこの人を尊敬しているし、この人のライバルであり続けるためならどんな努力もしていけると思える。
僕の力の源だ。
だからこそ、宮田君の一挙手一投足全てに関心があり、滅多に見せない笑顔を見せてもらえたらとても嬉しいと思った。
それを見せて貰えるという事は、今まで以上に僕を認めて貰えたという事だと思うからだ。
「僕がこんなこと言っても嬉しくとも何ともないのは解ってるよ。・・・逆に気持ち悪いよね、ごめんね。」
「オイ」
「でも、でもね、僕は宮田君が笑ってくれたらとっても嬉しくて幸せだなと思ったから、少しでも僕といて宮田君の眉間の皺が少なくなれば良いなぁと思って千堂さんにもアドバイス貰ったんだけど、・・・・全然駄目だったね。」
全然どころか全く話にならなかった。
自分にはギャクのセンスは無いとは思ってたけど、ここに至って皆無であることが分かった。
まぁ、それだけでもよかったのかもしれない。
「それじゃあ、僕こっち曲がって帰るから。じゃあ、またね・・・」
今後、宮田君の前で下らない事を言わなくて済むようになるのだから、良い経験をしたと思って帰ろう。
角を曲がってジムに帰ろうと宮田君の隣から離れた時、思いもよらず腕を掴まれた。
「オイ、待てよ」
「え、あの・・・??」
昔と違って、僕より大きくなってしまった宮田君と顔を合わせるためには僕が上向かなくては視線が合う事もない。
何だろう、と思って顔を上げて見えたのは、眉間に皺を寄せるどころか、眉をハの字に曲げて困っている宮田君だった。
「えっ、えぇ?あのっあの、ゴメンね、何か困らせるような事言ったかな?僕、自分の事ばっかで気付かなくて、ゴメンなさい!」
「訳も分からず謝ってんな」
「う、うん。ごめんね」
「「ごめんね」言うな」
「ハイッ、すません!」
「だからっ・・、もういい。いいから落ち着け」
「うん、わかった」
落ち着くために深呼吸を繰り返し、肩から力を抜く。
「落ち着いたか」
「あ、うんさっきよりは大分落ち着いてる。」
「そうか、」
「あ、あのごめんね。宮田君にちょっとでもいいから笑って欲しくて色々考えた最後の手段だったから、まさか外すとは思ってなくて・・・」