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行きはよいよい帰りは怖い

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帝人は走る走る。後ろを振り向くことなく池袋の路地裏を走り抜く。
自分がどこをどう走ったのかまったく覚えていない。ただただ走り抜いた。
荒くなる息、喉が渇いて痛いくらいに引きつる。

(まったく・・・ほんっと僕って良いカモなのかなっ・・・!)

学校帰り、池袋を散策しようと思ったのがいけなかった。早く大通りにでようと裏路地に入り、すぐにごろつき達に捕まった。
正臣と一緒の時には絶対にいないのに。どうしてこう自分1人だと寄ってくるのだろうか。

「あぁっ!もうっ!」

せっかくの時間を無駄な逃走に使っていることがとてもイライラする。
たまにならこういう非日常も楽しいと思うが、もはやこれは帝人にとって日常にちかくなりつつある行為だった。
非日常と思わなくなった時点で、帝人の好奇心は消え去り残ったのは面倒という感情だけ。
段々と追ってきた事足音が遠ざかる。あと少し、あと少しで巻けると思い、帝人は裏路地の更に奥の角を曲がった。
その途端、辺りが一瞬で白い光に包まれ、帝人はあまりの眩しさに瞳を閉じる。そして、次に瞳を開けた瞬間、帝人は駅近くの公園に立っていた。

「・・・はい?」

あまりの急展開過ぎる非日常に帝人は頬を引きつらせながら笑うしかない。
どうして池袋の裏路地を曲がると、公園のしかもど真ん中に繋がるのだろう。ありえない。ありえない。

「いや・・・嬉しいんだけど・・・ね、流石にこれって僕帰り方分からないんですけど・・・」

その場で膝をつきたいのを替えの制服がないのに汚すことなど出来ないために何とか堪え、帝人はとぼとぼとその公園を後にした。

(う~ん、ここって池袋・・・みたいなんだよね)

公園を出てから辺りを散策し始めるとこの場所は帝人が知る池袋そのまま、という事が分かった。
建物のある場所も同じ、道筋も同じ。けれど、たった一つ違うこと、それは。

(みんな服装が白いんだよね・・・え、なにこれ制服?コスプレ?)

周りを見渡しても池袋を歩いている人達は揃いも揃って白い服装だった。
よく言えばまるで未来都市のよう。悪く言えば頭のイカレタ宗教団体のようだ。
そして、先程から帝人を見る人の達の視線が痛い。それもそうだろう。何せ帝人は学校帰りからこの異様な場所に飛んできたのだから。

(来良の制服が青からなぁ・・・でもそんな奇異の目で見なくても良いと思うんだけど・・・)

あまり人からじろじろ見られ慣れていない帝人はショルダーバッグの紐を握りしめ、顔を俯かせながら目的もなくただただ駅前への道を歩いていた。

(・・・僕の家に・・・でも絶対こういう世界って別の誰かが住んでいるって言うのが常識だよね)

人々の奇異の視線に耐えかねて、帝人がそろそろ路地裏で休もうかと思ったその時、帝人の視界に見たことのある後ろ姿が映った。
その後ろ姿にわらにも縋る思いで帝人は腕を伸ばす。

「静雄さん!」

「ん?」

けれど、腕を伸ばし服を掴んだ相手は己の知る人物と瓜二つの顔をしているくせに、まったくの別人だった。

(だって、瞳の色とか・・・それに静雄さんってこんなちゃらい格好しないよね・・・)

帝人はついさっきの己の行動を恥じた。振り返ってくれた人物はそれこそ静雄のそのものなのだが、
白いスーツにピンクのワイシャツ、よく分からないヘッドフォンをしている。そしてなによりその瞳の色が違っていた。
伸ばした腕を慌てて帝人は引っ込めて、すぐさま目の前の男性に頭を下げる。

「ごっ!ごめんなさい!ひ、人違いでっ!」

「へぇ、人違い・・・ね・・・」

男性は頭を下げた帝人の頭に突然手を置いた。帝人の肩が驚きで跳ねるが相手は全く気にしていない。

「顔を上げなよ、お前面白い服装してるよなぁ」

「えっと・・・」

上目遣いで見上げた人物は煙草を吹かしながら、面白そうな瞳で帝人をそのラズベリーに映している。

「俺はデリ雄だ。お前の名前は?あぁ、そうそう、お前こっちの世界の人間じゃないよな」

帝人はデリ雄と名乗った人物の最後の言葉に殊更反応した。勢い良く顔を上げデリ雄の袖口を掴む。

「はい!そ、そうなんです!ぼ、僕帰り方が分からなくてそれでっ!」

「分からないのに来ちまったのか?お前、鈍感だな」

「っ」

デリ雄の言葉に帝人は眉を寄せ、必死に涙を堪えた。確かにこの男の言うとおり鈍感なのかもしれないが、追われていて気が付いたらこの世界にいたのだ。
好きできたわけでは決してない。

「まぁ、いい。・・・この世界のルールに則らなきゃいけないしな・・・付いて来いよ」

デリ雄はそう言うと帝人の腕を掴んでどんどんどこかへ歩いていく。帝人とデリ雄の歩幅は違うため、すぐに帝人はつんのめりながら歩くことになった。

「すみませっ!デリ雄さん!もうちょっとゆっくり歩いてっ」

「ん?・・・面倒だ」

「え?」

デリ雄は帝人を振りかえると、煙草を道ばたに捨てた。そして気が付くと帝人はデリ雄に肩で担がれている。
あまりの驚きに声が出ない。帝人はパクパクと口を開いては閉じ、開いては閉じるを繰り返した。

「いちいちゆっくり歩くのは俺の趣味じゃねぇ。・・・お前、腰細いのな」

「なっ」

デリ雄はラズベリーの瞳を細め、口角を上げた。まるで、それは獣の笑みのような。
帝人は何故だがこの人に捕まってはいけなかったと後から後悔をしてみたものの、後の祭りだということは嫌でも理解していた。