行きはよいよい帰りは怖い
デリ雄に連れてこられた場所はどこかのオフィスビル。いったい誰の持ち物だと思っていたらデリ雄の物らしい。
帝人が知る静雄はこのような部屋を持っていなかった。姿は同じでも歩んで来た道は違うと言うことなのだろう。
(まぁ、静雄さんはどう転んでもこんな派手な服装はしないだろう・・・)
帝人はそのまま部屋に設置してあったソファの上に降ろされる。そしてデリ雄は上に羽織っていた白いジャケットを脱ぐとニタリと帝人に笑いかける。
帝人の背筋に悪寒が走った。ぞくりとした、言葉では言い表せない感情。後ずさりをしたくともソファのため逃げることも出来ない。
帝人が動けずにいると、デリ雄はそのまま帝人をソファの背もたれと自分の腕の中に閉じこめた。
「お前、帰りたいんだよな?」
「え、えぇ・・・はい・・・」
「だったら今すぐ帰してやるよ。まぁ、お前がこの世界のルールにのっとれたならの話だけど」
「るー、る?」
ニタニタと笑うデリ雄は犬歯を見せつけながら、ゆっくりと帝人の首筋に噛み付いた。ちくっとした痛みが帝人の首を押そう。
「ひぃっ」
突然命の危機を察した帝人は両手を使ってデリ雄を押し返そうとした。
けれどあっさりと両手首を掴まれ、デリ雄の舌がちろちろと帝人の首筋を舐め上げる。
「ひぁっ」
「甘いなぁ、お前の味」
「いやぁぁっやめっ!」
帝人は涙目になりながらデリ雄に懇願するが、デリ雄はそんな帝人の願いなど聞こえていないかのように首筋を舐めたり時折吸い上げる。
そのたびに今まで知らなかったむず痒いような感覚が帝人の下半身を襲った。熱がたまっていくが分かる。
デリ雄の言った子の世界のルールが何なのかも分からないまま、デリ雄に成されるがままになっているのが悔しくて哀しくてたまらない。
でも抵抗したいのに、両腕はデリ雄に押えられていて動けないし、足もソファに座ってその間にデリ雄がいるため蹴り上げることも出来ない。
まさに八方ふさがりだった。
「やだぁぁっ」
「泣くなよ、気持ちよくしてやるか、」
デリ雄の言葉が途中で途切れる。それよりも早くゴンっという嫌な音が帝人の耳をかすめた。
驚きで瞳にたまっていた涙がまたこぼれる。瞬きをする度に涙は落ちて、帝人の膝の上で気絶するデリ雄の髪の毛に落ちていった。
「まったく、油断も隙も無いよね兄貴?」
にっこり笑いながら酒瓶をぺしぺしと手のひらで叩いているのは紛れもなく幽。でも、目の前の幽も瞳の色が違うし、服装も違う。
第一幽は目の前の人物のような笑みを浮かべない。寧ろ無表情がデフォルトなのだ。
「え・・っと・・・」
「あぁ、初めまして!俺はサイケ幽って言います。宜しくね僕」
サイケ幽はそう言うとすかさず帝人の手を取り、その甲に唇を堕とした。途端に帝人の体中に鳥肌がたつ。
そんな帝人の態度にサイケ幽はまた笑うと、今度はデリ雄を蹴り倒した。
「まったく!兄貴の所為で坊やに拒絶されちゃったじゃないか!最初からががつがつし過ぎ!」
床にたたきつけられたデリ雄の頭からまた耳に痛い音が。けれどその衝撃でデリ雄が目を覚ましたらしい。
頭をさすりながら身体を起こす。
「いってぇなぁ・・・何も酒瓶で殴るなよ」
「この子に拒絶されるような事をした兄貴が悪い!」
頬を膨らませて腰に手を当てているサイケ幽に帝人は呆然としながら見ていた。サイケ幽は帝人の視線に気が付くと、苦笑しながら頭を撫でてくれる。
「ごめんねー兄貴って見境がないからさぁ、えっと、絶倫?」
「や め ろ!言っておくが俺は俺が認めたやつじゃなきゃ襲わねぇよ」
デリ雄の言葉にまた帝人は肩を跳ねさる。サイケ幽はそんな帝人の頭を抱きしめると何度も何度も帝人の頭を撫でてくれた。
香水だろうか、清々しい香りが帝人の鼻孔をくすぐる。
「兄貴は口を閉じて。その発言がこの子を怖がらせてるんだよ~・・・えっと、君名前は?」
サイケ幽はニコニコと人懐っこそうな笑みを浮かべて帝人に尋ねた。帝人も何故かホッとしている自分を不思議に思いながら、言葉を紡ぐ。
「竜ヶ峰・・・帝人です・・・」
「霧ヶ峰?クーラー?」
「兄貴は黙ってて本当にややこしくなるから。帝人くん?」
「あ、はい・・・」
「ふふ、ごめんね帝人君。君は全くこの世界のルールを知らないのにね」
先程からデリ雄とサイケ幽の言っている『この世界のルール』というのが分からない。
だから正直にサイケ幽の言葉に頷いた。そんな帝人にもう一度サイケ幽は笑いかけると、帝人の頭を一度離すと自分も帝人の隣に座る。
その時帝人の腰に腕を回して。
「素直な子は好きだよ。えっとね、まず君がこの世界に入り込んでしまった時間帯。覚えてる?」
正直あまり覚えていない。逃げ回っていて時計を見ている暇など無かった。ただ、そろそろ暗くなっていたとは思う。
「えっと・・・あまりよく覚えていないんですけど・・・辺りが暗くなってきたかなって・・・」
「うん、そうそう。その時間帯をね『逢魔が時』って言うんだ。その時間帯にある道筋を通るとこの世界へと来られる」
帝人の瞳が驚きで見開かれる。自分は無意識のうちにそんな順序を踏んでいたのか。
「ふふ、驚いてるねー。で、こっちの世界のルールをお話しよう」
サイケ幽は人差し指を回しながらニコニコと笑い、顔を帝人に近づける。
帝人は息を詰めた。あの有名人と同じ顔に見つめられているのだ。緊張しないハズがない。頬が自然と赤くなる。
「この世界は君たちの世界とまるで別。パラレルワールド。けれど同じ場所でもあり同じ人間が存在する。
その世界に迷い込んだ人間が初めて助けを求めたこの世界の人間、その人間は迷い人を帰す役割を持つ」
サイケ幽の最後の言葉に帝人は口元を震わせ、涙を零した。それはすなわち、帰れると言うことを約束されたようなものだ。
ぼろぼろと零れる涙を服の袖で拭うが後から後から零れてきた。
「泣くんじゃねぇよ」
ぶっきらぼうな声がしたと思うと無理矢理頭を反対の方向へ向けられ、温かいザラリとした感触が目元を襲った。
帝人の視界に映ったのは金色の髪。全てがスローモーションの様に動き、デリ雄のラズベリーの瞳が帝人を映し出す。
「ぁ・・・」
「泣くな、良いか?今度泣いたらその口を押えるぞ?」
「っ」
自分の唇をぺろりと舐めるデリ雄はどこか色香があり、帝人は頬を更に染め俯く。
舐められた場所がとても熱く、心臓がバクバクとうるさい音を立てていた。
「兄貴って良いところをかっ攫っていくよね」
「わっ」
サイケ幽は帝人を背中から抱きしめると、帝人の耳朶に触れそうなくらいに唇を近づけてきた。
彼の吐息が帝人の耳を刺激して恥ずかしい。
「あ、あのっ・・・!」
「可愛いね、顔を真っ赤にして・・・。で、お話の続き」
「このままで・・ですか?」
「うん、このままでするよ?」
「あ、はい・・・」
「はぁ・・・まったくお前ばっか何抱きついてるんだか」
そう言うとデリ雄は帝人の片手を持ち上げ、恭しくその手の甲にキスを落とし、真っ赤な舌先で帝人の指先を舐めだした。
「ででデリ雄さっ!」
作品名:行きはよいよい帰りは怖い 作家名:霜月(しー)