二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

消えなかった結果がコレだよ

INDEX|7ページ/7ページ|

前のページ
 


 こぉんと音はした。

 しかし予想していた勢いも無く、本当に、本当に弱くフライパンに頭をぶつけさせられただけだった。
 勿論、初手のダメージが抜け切らない所に第二段を喰らっているのだからそれなりには響く。
 さらに胸倉を引っ張られる力とフライパンを押し付けられる力の相乗効果もあって痛い。痛いものはどうしたって痛い。
 相手の狙いもよくわからず、ギルベルトは焦れた。ただ痛みを押し付けられ、いよいよ我慢も臨界点を突破する。

「…ってぇなァッ!! いい加減にしろエリ…ザ?」

 喧嘩上等。フライパンを無理やり取り上げ、どうせそこにあるのは普段通りの怒り顔だろうと踏んでいたギルベルトは驚愕した。
 きっと吊り上がった眉尻こそ見慣れたものだったが、ギルベルトの記憶にある限り、どれだけ大怪我をしても涙ひとつ流さなかった彼女、エリザベータの眼からぽろぽろと雫がこぼれ落ちている。
 どう対処していいか考えあぐねていると、ひっつかれて抱きしめられた。驚きのあまり没収したフライパンを取り落とす。さっきからギルベルトにとって超展開の連続で思考が働いてくれない。
 エリザベータを抱きしめ返すことも出来ず、ギルベルトはただその胸を貸し続けるだけだった。
 しばし経ってフリーズ状態がゆっくりと解除されだす。静けさの中、ギルベルトの聴覚は自分の鼓動以外の音をようやく拾い始めた。
 ピアノ。ローデリヒだ。あの坊ちゃんにしては随分遊んでる弾き方だが、メロディ自体は耳に覚えがある。確か曲名は……。

「……何で、連絡一本寄越さないのよ」

 自分の胸に顔を埋めたままのエリザベータに意識が引き戻される。
 ふわりと鼻腔をくすぐる優しい花の香りと裏腹に、涙に濡れた問いかけには静かな怒りが含まれていた。
 今、正面で渦巻く感情と同じものを、昨日散々味わったばかりだから解釈に間違いは無い。多分。

「こっちからかけても…電話っ…繋がらないし…っ」

 抱きしめてくる力が強さを増す。
 壊れ物をそっと扱うように、ギルベルトの手がエリザベータの髪に触れた。
 幼子をあやす様に幾度も撫でていると、ギルベルトの気持ちまで静かに凪いでいくようで不思議だった。

「……悪ぃ、心配かけた」

 電話入れたけど、タイミング合わなかったみてーだ。
 前日からのアレコレを全部説明するのも無粋な気がして、ギルベルトはエリザベータに今一番効果的な言葉を選んで結んだ。
 ひっついたままではあるが、それでようやくエリザベータが顔をあげる。真っ赤に泣き腫らした瞳からは怒りが消え失せ、その言葉は本当かと、ただ問うていた。
 それが本当に幼子の仕草そのものに思えて、ギルベルトは苦笑する。

「嘘言ってどうすんだよ」
「うん…。…あと、ごめん…」

 だからどうしてそう素直にくる。俺の周りは似たような奴らばかりだとギルベルトは思う。ああだから、傍にいたいと願ってしまうのか。
 照れくささを誤魔化すのに、それこそ小さな子にするように、エリザベータの頭をぐしゃぐしゃに撫でた。ささやかな意趣返しも込めて。

「わっ、ちょっと…もう子供みたい! そういう事する?」

 むくれて、でもエリザベータはそれ以上は何も言わず手櫛で懸命に髪を直す。
 スンと一度鼻を鳴らし、一息ついてエリザベータが笑う。ギルベルトが最も焦がれた笑顔が間近で咲き誇る。
 エリザベータの発する感情の全てが自分に向かっている。ただその事が嬉しい。
 今この瞬間だけはそれがうぬぼれでないと確信できる。それがひたすらに、嬉しかった。

「どこも変じゃない? 消えかかってたりしてない?」

 エリザベータの手が腕に肩に伸びてくる。空港での身体検査のようぽふぽふとはたかれ、念入りに確かめられる。

「……お前、もしかしてそれを確認してたのか?」

 夢や幻の類でなく、透けて通り抜けたりもせず、ギルベルトがしっかりと生きている証拠を求めていたのかと。
 問えば首肯。ギルベルトは自分の顔が引き攣るのを感じた。
 正直いろんな意味で身が持たない。
 頼むから今度からは自分の頬をつねってくれとぼやくと、小さな両の手で頬を挟まれる。
 違う、その自分じゃねぇと暴れると、より強く力を込められて顔を固定された。こつりと、今度はエリザベータの額が付き合わされる。

「心臓に悪いから、目の届く範囲にいなさい」

 エリザベータの翠にまっすぐ射抜かれる。
 ギルベルトの知る、最も似合う美しい光を宿した翠に。

 それを…、都合よく解釈していいのだろうか。
 割と散々な目に遭った分の褒美と勝手に思っていいだろうか。
 ……何故また自分に憚りを覚える。
 諦めた望みを手にしたいが為に、図々しく生きてやろうと決めたではないか。

「…Ja.」

 決意の割に、なけなしの勇気を振り絞った割に。エリザベータを抱きしめるだけでいっぱいいっぱいな自分にいっそ笑えてくる。
 腕に、胸に閉じ込めて、エリザベータが思っていたより小柄である事を初めて知った。
 何世紀も腐れ縁を続けてきて、今更ながらに知ることがあるなんて。この分だと望みを叶える日まで随分かかりそうだ。消えてなんぞいられるか。
 と、そこでようやくローデリヒの奏でる曲の名を思い出した。
 あの野郎どういう意味だと心中で罵っている間に、エリザベータにぎゅうと抱きしめ返されて、ギルベルトは再び頭がまっしろになった。



『消えなかった結果がコレだよ』
作品名:消えなかった結果がコレだよ 作家名:on