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消えなかった結果がコレだよ

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 あの頃よく見たように、箒を携え楽しそうに仕事をしている訳ではなかった。
 ガーデンテーブルに伏せているので顔は見えないが、クラシカルな若草色のワンピースと陽光の下で金に透ける豊かな髪を見間違える訳が無い。

(何でここにいんだよ、ルッツの奴何も言ってなかったぞ!?)

 混乱と同時に、電話をかけても繋がらない理由も納得した。
 この屋敷の持ち主と彼女は、元夫婦だ。元といってもその仲睦まじさに変わりなく、それこそ互いの住居でのんびりしてたっておかしくない。
 想定してしかるべき状況を、全く思いつきもしなかった自分の馬鹿さ加減に上向きだった気分がしぼむ。
 しかし――

(大丈夫か、あいつ?)

 先ほどからテーブルに突っ伏したまま彼女はピクリとも動かない。
 具合が悪いか、さもなくば単純に眠っているだけとしか思えないが、どちらにしろローデリヒがそのまま放置しておく筈は無いのに。
 彼女がどういう状態にしろ見過ごしてそのまま行く訳にもいかず、ギルベルトは意を決して一歩踏み出す。
 その気配を察したのか、伏せられていた頭だけが重そうにもたげた。

「……ギル?」

 名を呼ばれた。あれだけ聞きたかった声を電話越しでなく直接聞いているというのに、その音がどこかぼんやりと、心ここにあらずといった感がして少し残念に思った。
 組んだ腕と流れる横髪のせいで彼女の表情が全く伺えない。向こうからは問題ないのだろうが、あの翠が見えない事にさらにその拍車がかかる。
 そんな胸中、いつもの事と蓋をした。声をかけないのも変な気がして、ギルベルトはまた一歩、歩を進める。

「なーにしてんだよ、こんな所でっ!?」

 瞬間世界が暗くなる。顔面に冷たく強烈な衝撃を受け、ギルベルトの目の前を火花が散った。
 ギルベルトに飛んできたのは返事ではなくフライパンだった。調理器具という名の鈍器を、うかつにも真正面からもろにくらってしまい、堪えきれずにそのまま後ろにひっくり返る。

「~~~~ッ!!」

 会話というのは言葉と言葉でキャッチボールするものであって、途中に物理的なデッドボールを挟むものではない。
 説教、いや文句の一つでもかましたいが、ダメージがひどすぎて起き上がる事もうめき声を上げる事すらも叶わない。
 そもそもなんでフライパンが今飛んでくるのかもわからない。理不尽だ。
 以前、どこぞの変態から、ローデリヒ相手に鼻息荒くしてたらフライパンの制裁を喰らったと話を聞いたが、それに比べれば驚かすなんてかわいいものだろう。児戯にも等しい。
 小さな悪戯心すら事前に察知して摘みやがって、そんなにあのお坊ちゃんが大切か見せつけやがってこの野郎と、痛む頭で訳の分からない罵倒をする。
 そんな心の叫びにも気付いたのか胸倉を掴まれる。女にあるまじき力で引き起こされ、ぎょっとして目を開くと、鈍く冷たく輝く金属質の、フライパンの底が視界いっぱいに広がっていた。
 どう考えても第二撃寸前で、ギルベルトは恐怖に目を瞑る。


作品名:消えなかった結果がコレだよ 作家名:on