欲 1
「coolじゃねぇなぁ。命を粗末にするもんじゃねぇぜッ」
戦場を駆ける主の後ろを必死に追いかける。
六爪の刃先が血を滴らせ、ポタポタと土に染みて行く赤を横目で瞳に映し、ニヤリと弧を引いて笑いを深くするその姿に嫌な気分が湧きあがる。
(・・・・また、何を考えている事やら)
我主である政宗様はクックックッと笑みを漏らしその刀をまた血に濡らし、どっぷりと浸してゆく。その場にいる存在を物ともせず、軽々と刀を振るいなぎ払う。
刃の鋭い振り下ろしが流れるような刀捌きによってついた血をはらう。
「小十郎ッ」
「はっ・・・」
いくらか駆けた頃、道の真ん中に紅蓮の炎を纏った男が見える。
武田の智将『紅蓮の鬼』真田幸村である。
まだ姿は小さくしか見えないが、派手な暴れぶりは噂と違わずである。
あとそう距離もないほどで政宗様と合間見えるだろう。
「アレは、俺が貰う。」
政宗様の爛々と輝く瞳が物語る真田の強さ。
この方は気に入られたのだ。あの炎を纏う若武者を・・・・
「・・・御心のままに。」
欲
兵を薙ぎ払い、後ろを任された自分も刀を振るう。
何の事はない。
まだ自分の相手にはならないような足軽を切るだけだ。
勝負をするに値する敵が現われない今、武田攻略はたやすく感じられた。
問題は「紅蓮の鬼」と「甲斐の虎」この二つが今後どのように動いてくるかだ。
「甲斐の虎」が本気で動き出したら、此方も少々苦戦を強いられることだろう。
政宗様の楽しそうな顔が後ろを走っている自分にも解ってしまう。
「紅蓮の鬼」の噂を耳にするたび、政宗様の顔が面白そうな玩具を見つけた子供のように光る。
正直、本当の意味で政宗様が心躍らせるような武将は現われることは無いのではないかと思っていた。
そうして、奥州まで届くほどの武勇を誇る男が現われ自分は喜んだのだ。
どんな強敵だろうと、苦戦を強いられるような敵であろうとも、政宗様が本気で相手を出来るだろう人間が現われた事を自分は喜ばしいと思っている。
「小十郎ッ、もっと飛ばせッ!!あんまり遅いと置いてくぜ!」
「ハッ!」
だが、その半面で政宗様が羨ましいのだ。
真剣勝負を出来る相手を見つけた政宗様が羨ましくて仕方が無いのである。
命を削るような、そんな一瞬をくれる敵が現われるならば、それは自分にとって最高の事だ。
俺の望みを満たす男を求めるのは、この性のせいだろう。
何より、戦場を好むこの思考と武が求めて止まないのだ。
―その敵のために最高の戦略を練ろうぞ。
―その男のために己が武を持ちいて、この命、果てるまで戦おうぞ。
そう思う小十郎が自分の中に巣食っている。
政宗様の天下統一を望むのはすでに、自分の生きる証。
だが、「自分自身」の望みを叶えることも、片倉小十郎景綱の存在の明。
双槍を両手に持った男が現われた。
足を止めた政宗様が振り返る。
男が双槍を地面に突き立てる音が響いた。
「じゃあなッ」
「政宗様ッ、ご油断めされぬよう。」
「OK,OK.・・・」
さっさと行け、と手を振って見せる政宗様に内心では溜息を禁じえないが、先を急ぐため足を動かした。
双槍を構える紅蓮の鬼が気付いて俺に向かってくるのが見えたが、その姿は直ぐに政宗様の背中に変わる。
「hey,お前の相手は俺だぜッ!」
紅蓮の鬼が間に入った正宗様と間をとるように後ろに飛びのき、双槍を身体の前に構えた。
「そなたが奥州筆頭『独眼竜』伊達政宗かッ!!」
「Good job!」
声を張り、両腕を広げる事で紅蓮の鬼の視界から自分を隠した正宗様が顔をわずか傾け、「さっさと行け」と促した。
その合図に止まり、引き返そうとしていた脚を叱咤し先を急ぐため一層脚を速めた。
「そうだ、俺が伊達政宗だッ」
「某は武田家家臣真田源次郎幸村ッ!その強さを見込んで一戦死合って頂きたい!!」
「かかって来なッッ!!!」
遠くから聞こえる、正宗様の喜びに満ちた叫びが、その日の己の気分を高ぶり抑えきれないものとしていく。