鉄の棺 石の骸
1.
全てを失った日、アンチノミーは一人の友を得た。
機皇帝から救われた時は、あらゆる感情がごっちゃになっていた。
「不動遊星」として多くの人間を率い、機皇帝の侵略から皆を救ったのを見た時は、ただただすごいと思った。
彼に従いついて行く中で、彼の正体を知った。
あの不動遊星が自分を救ってくれるなどあり得ないことだと、アンチノミーには最初から分かっていた。
幾年か前にに不動遊星がこの世を去り、後に執り行われたデュエル葬にファンとして参加した記憶は今でも鮮明に思い出せるからだ。
だが、彼の正体を知った後も、アンチノミーの友としての思いは変わらなかった。
倫理的な問題はさておき、自らを素体にしてまで伝説の英雄になろうとした彼の行為と覚悟は、誰にでも真似できるものではない。今を救うために自分自身をも捨て去ってしまった彼を、アンチノミー含め、誰も責めることはできなかった。
もし、この世に責められる人間がいるとしたら、彼に模倣された「不動遊星」くらいなものだろう。主に肖像権の問題で。そんな彼も、幸か不幸かもうこの世にいない。
もし生きていたとしたら、彼――Z-oneが思い余って大それた行為に踏み切ることもなかった。アンチノミーとも会うこともなく、ただの一D-ホイーラーと科学者として人生を全うしていたのかもしれないのだ。
彼と会えない人生、それもまたすごく嫌だな、とアンチノミーは思った。
Z-oneの仲間は、世界の完全滅亡前からつき従っていたアンチノミーとパラドックス、そしてつい数ヶ月前に拾ったアポリアという元兵士の他には、誰もいなくなっていた。
子孫を残して次を残そうにも、生き残りが老いた男四人だけではどうすることもできない。細胞を採取してクローンを作ろうにも、メンバーの大半が門外漢ばかりなので実験は失敗の連続だった。「不動遊星」の知識を持ってしても、失われた人類をそっくり蘇らせようなど不可能に近い。
Z-oneたちの計画は、次第に歴史改竄による救済へと方向転換していった。
素体となったZ-oneと、後から彼にインストールされた不動遊星。「彼ら」の人格は完全に一体化している訳ではなく、時折どちらかの人格が強く表に出ることがあった。
Z-oneはアンチノミーと同じく遊星の大ファンだった。それも遊星の人格データをこっそり横流しして保存していた程の筋金入りだ。アイドルそのものなんて最強のコレクションアイテムを持っているファンなど、彼の他にはいないだろう。
今日のZ-oneは素体の方のZ-oneだった。彼とはアンチノミーと同じ遊星ファンとして熱く語り合うことができた。
「まっさか、不動遊星とあのジャック・アトラスがタッグを組んで決闘に挑むなんて、予想外の展開だったよね」
「昔のバトルシティで、武藤遊戯と海馬瀬人がタッグを組んだ時と同じくらいのあり得なさでしたからね」
「ジャックはフォーチュン・カップで遊星に倒されてからずっと、打倒遊星を明言してたからねー」
二人は、昔のライディングロイドの図面を引っ張り出してきて、改造に勤しみつつ遊星語りを楽しんでいた。ゴールデン・タッグ・トーナメントの話題から始まったそれは、どちらかが止めない限り話の種が尽きない。
デュエルロイドは、増加するD-ホイーラーの犯罪に対抗するために、当時のセキュリティが開発したものだ。犯罪者を逮捕するのが第一目的の為、外見や細やかな動作は二の次にされている。あまりにも人間とかけ離れた姿だ。
それではいけない。今からZ-oneたちが着手する計画は、そんなものでは役をこなせないのだ。
腕のパーツの関節をくいくい折り曲げながら、Z-oneは興奮を隠しきれずに語った。
「以前にドキュメンタリーで観ましたが、フォーチュン・カップで初登場した時は酷いブーイングだったそうでしたね。もったいないことです。正に伝説が誕生した場所に居合わせたというのに、それをつまらないブーイングで台無しにするなんて。当時のチケットがあったら、それをこっちに渡せって言いたかったです」
当時のフォーチュン・カップのチケットは、Z-oneたちの時代ではものすごいプレミアがついていた。
「僕は、もしあの場にいてもブーイングなんかしないからね。炎城ムクロを倒す前から一目で分かるよ、彼ならやってくれるって」
「フォーチュン・カップ直後は疑惑のキングなどと叩かれてましたが、数々の決闘大会で連勝して一気に収まりました。人間は現金なものです」
彼の伝説は、死んでからも色濃く残った。
「不動遊星の持つ可能性。その無限性は、世界が滅亡しかけても人々を奮い立たせてくれました。彼の可能性さえあれば、私は何でもできるような気がしてしまうのです」
遊星に備わった可能性。それはアンチノミーも大好きだった。機皇帝に襲われかけ、身も心も殺されそうになった自分を救ったのもそれだったのだ。
なら、目の前の「彼」は?
「彼」自身の可能性は果たしてどうなのだろうか?
2.
歴史改竄の手筈も、段々と整ってきていた。
改竄するのに有効なポイントと、それにまつわる重要人物のデータも十分な量が集まった。必要とあらば、人物そのものを歴史上から消し去ってしまうこともできる。
後は、Z-oneたち自身がそれを実行できるかどうかだった。
そんな中、
「Z-one!」
四人で計画のこれからを話し合っていた時、突然Z-oneが床に倒れた。
「大丈夫か、Z-one!」
仮面越しに荒い息をついて、Z-oneはがたがたと震えていた。ひゅうひゅうと喉の機械が鳴る合間に聞こえてきたもの。
「あ……俺は、……私は……」
発作だ。
Z-oneと不動遊星の人格がごちゃごちゃになって、身体にも影響が出てしまっている。
「僕とパラドックスでZ-oneを運ぶから、アポリアは薬の用意を、早く!」
「あ、ああ!」
アポリアが薬を取りに行き、アンチノミーとパラドックスは両脇からZ-oneを抱えて彼の自室へと運んだ。
両腕と足を機械に置き換えたZ-oneの身体は普通の人間のそれよりずっと重い。しかし、二人にしてみればそんなものよりZ-oneの方がよほど大事だ。
やっとのことで、Z-oneの身体をベッドに横たえた。
パラドックスは後をアンチノミーに任せ、先ほどZ-oneが中断してしまった作業を引き継ぎに部屋を出て行った。
彼はうわ言のように言葉を繰り返し続けている。
「……助けたい、助けるんだ……仲間を、街を、世界を……」
いくら信念があったからといって、他人の人格を生身にインストールして無事で済むはずがない。二人分の記憶もトラウマも全て受け継いだ彼は、常人では耐えられないショックを一人で抱えていた。
滅亡前までは何とかやっていけていたが、仲間が少なくなってからタガが外れたのか発作の頻度が多くなっている。
Z-oneの行く末に泣きたくなりそうな気持ちを無理やり抑え、アンチノミーはZ-oneの身体を軽く揺すった。
「Z-one、Z-one。気をしっかり持ってくれ。せっかくここまで来たのに、こんなところで終わらないでくれ」
「……アンチノミー……」