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鉄の棺 石の骸

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 仮面越しの目が、ようやく焦点を合わせてアンチノミーを見てくれた。
「また、やってしまったのか……」
「……うん」
「済まない、心配を、かけて」
 Z-oneは身体を起こそうとしたが、力が入らずベッドに逆戻りした。済まなそうに詫びるZ-oneに、いいんだよとアンチノミーは首を振る。
「幻を……見た。ゼロリバースで「父さん」が消えていくところ。「仲間」を捕らえられてしまったところ。「仲間」に裏切られてしまったこともある。……マーカーの痛みなんて、私は知らない、のに……」
「……」
「こんなことではいけないんだ。私は皆を、世界を救わなければいけないんだ。強くなくてはいけないんだ……」
 Z-oneと不動遊星はある意味似た者同士だった。仲間を救いたいという一面で、二人の人格は適合していた。
「君は十分に強いよ、Z-one。それは僕たちが一番よく知ってる。君は昔も今も僕たちの希望でいてくれてるじゃないか。無理しなくったっていいんだよ」
 アンチノミーはZ-oneの仮面をゆっくりと外してやった。顔の汗をタオルで拭い、なだめるように胸を撫でていると、落ち着いたのか、Z-oneが息をついた。
「……怖くないのか?」
「何が」
「こんな、何物でもない私の身体が。醜いだろう、英雄を模したまがい物の命は」
「――怖くなんて、ないよ」
 アンチノミーは、掛けていたグラスを外した。伸ばされたZ-oneの手を取って、そのままそっと抱きしめてやる。
 重い義体の割に軽くなってしまった友の胴体は、どこか物悲しく、何よりも愛おしかった。
「醜くなんて、ないよ。君はこんなにも綺麗じゃないか。いつだってそれは……僕が一番よく知っている」
「アンチノミー……」
「こんなに老いてしまった爺さんには、似合わない言葉かな?」
 おどけて言ってみせるアンチノミーに、Z-oneはやっと笑みを零した。


 3.

 自分たちの寿命は残り少ない。
 このままでは身体が持たないと悟ったZ-oneは、自らを生命維持装置に繋ぐことを決定した。
「それでいいのか、Z-one」
「仕方がありません。この身を素体にして不動遊星になった時とは違って、もう私には残された力は少ないのです」
「だからって……こんな非人間的な……。やるにしてももっと人間らしいフォルムに」
「アンチノミー」
 Z-oneは彼の言葉を遮った。
「私の人間性は、あの日からとうに捨てているのです。これから私は歴史を改竄するという、神の領域に等しいことをやり遂げるのですよ。計画の前では、私の人間らしさなど、些細な物事にすぎません」
「些細なことだなんてそんな」
「心残りはあります。あの姿になると、もう二度と君の近くに寄り添えることができません。人のぬくもりを、この身で味わうことも、全て。だから……」
「だから?」
「君は私のぬくもりを、――ちょっとでいいですからどうか覚えていてください」
 息を飲んだアンチノミーをよそに、Z-oneは装置の設計図に目を向けた。
「不動遊星は、D-ホイール制作者としても、とても優秀な人でした。理論はできています。大丈夫です。うまくやれます。失敗はしません……」


 そうして、彼は白いフライング・ホイールに自らを繋いだ。
「容体が急変した時は、一時はどうなるかと思ったぞ」
「こちらの心臓が止まるかと思う勢いだった。目を覚ましてくれて何よりだ」
 長い長い手術を終えて、やっと調子がよくなってきたZ-oneを囲んで、生き残りたちはしばしの団欒を楽しむ。
「心配をかけてしまってすみませんでした。身体の方はもう大丈夫ですよ。移動もほら、こんなにスムーズになりましたし」
 ひゅるひゅるとZ-oneが縦横に移動して見せた。
「便利だなあ。あ、でも」
「何ですか?」
「……脚立、三人分は必要じゃないかな?」
 フライング・ホイールの浮いている高さは、老人の身には少々高すぎる。
 爺三人は背骨をぽきぽき言わせながら、一生懸命Z-oneに向かって背を伸ばしていた。
「……ふふ」
 思わず噴き出した彼が「不動遊星」なのか「Z-one」なのか。それは三人しか知らないことだ。


(END)



2011/2/24
作品名:鉄の棺 石の骸 作家名:うるら