欲 2
「 明日の正午、伊達と戦をいたす。
佐助はやるべき事をこなしてから帰ってくるように。
幸村 」
「なっ、な、ななぁぁぁにぃぃ〜〜〜っっ!!!?」
それだけ書いた文が届いたのが昨日の事。
この文が届いた時には丁度、調査がひと段落して、次の日に帰り支度をしようと思っているときに突然の知らせに驚き、僅かの時を放心していた。
調査対象が、吉原に頻繁に出入りしていると聞き、妓楼界隈の茶屋で張る事2週間。
対象は簡単に見つかり、調査もとんとんと進んで行く簡単な仕事だった。
甲斐も今のところ、何も騒動はなく戦の心配もしていなかったというのに。
まさか伊達が攻めてくるとは・・・
伊達も農民が一揆を起こしていると話に聞いていた。
こんなに早く戦が終わるとは考えてもいなかったのだ。
明日暇乞いしようと思っていたのに、今から出て鴉で飛んでも着くのは正午に間に合うか間に合わないか。
それでも、あの旦那を一人で戦に出すには少々心配だ。
何せ無鉄砲なのだ。あの主は。
慌てて部屋の襖を開くと禿がいてぶつかりそうになる。
何とか避けて、階段をガタガタと駆け下り、女将の部屋へと走る。
「女将ッ」
「どうしんしたん」
「オレ今日帰るわ!」
女将は煙管から口を離し煙を吐く。
「まぁ、今日明日には言ってくるような気はしとったんで、かまんせんよ。」
「ありがとう。今までどおり儲けは全部女将がしまっといて良いから。」
「解りんした。早く行きなんし沙和さん。」
笑って見送る女将に礼を言って、俺はそのまま茶屋を後にした。
出て行く途中、妓楼の花魁や新造に「また来てくんなまし」と手を振られ、オレも手を振り返した。
そのまま着物の裾を摘んで、全速力で人気の無い場所まで走る。
荷物は殆ど無いし、自分の持ち物など、今来ている着物を必要に応じて購入したくらいだ。
町外れの道まで着いた頃、少々息が上がっていた。
明日に間に合うように着くにはコレしかないと指笛で鴉を呼ぶ。
ピーーーッ
呼ばれて現われた鴉の足に捕まり、夜の空を飛んで行く。
術を解くのも忘れ、一心不乱に帰ったら旦那をどう説教しようかと考える。
(絶対、オレに連絡するの忘れてたに決まってる!!)
欲
武田の旗が見えた時、既に戦は始まっていた。
どうも武田の旗色は芳しくないようだ、段々と押されて来ているのが見てとれる。
だが、まずは旦那の元へ行く前に大将の姿を確認するのが先決だ。
旦那が何よりも大切に思っている大将の身を守るのは自分の仕事も同じである。
探し人は無事に戦っている事を確認して近くの林に下りた。
「大将!!」
大将の方へと走る途中、何度も肌を葉が掠め、肩や脚に切り傷ができ痺れる痛みが生まれる。
だが、そんな小さな事にかまっている暇など有るわけがなく先へと進む。
「ムッ___」
姿を確認し、大将の背後を狙っていた足軽にクナイを突き刺す。
「大将ッ、無事ですか!!」
「・・・お主、佐助かッ」
向かってくる相手を薙ぎ払う大将がガハハと笑い出す。
そんなに笑わなくても良いのに、と思ったのが顔に出て、また笑われた。
そうして、陽気に笑っている間にも大将を狙おうと足軽どもが周りに群がる。
「大将ッ!!」
いいから身体を動かして下さい。と心の底から願い叫んだ。
それでやっと自分の周りが囲まれている事に気付いた大将は、相変わらずの馬鹿力で獲物を振り回し敵をふっ飛ばしてしまった。
「幸村はこの先を守らせておるッ、行ってやれ!!」
今の一撃で、戦場がすがすがしい程綺麗に誰もいなくなってしまう。
そのおかげで、自分も動きが取れるようになったのだが、なんとも味気ない。
「了解ッ」
旦那のいる方向へ向けて木々をつたい飛ぶ。
途中履いている下駄の鼻緒が切れて足を滑らせるが、体を建て直し先を進む。
足軽や弓兵が乱れる中、一層眼をひきつけ爆音噴煙を立ち上らせている一角が有った。
そこでは案の定、赤と青の目立つ2人が際どい一撃を互いにぶつけ合いながら争う姿が見えた。
「旦那ッ」
独眼竜の六爪が旦那の左肩にかかるのを見つけた瞬間、八方手裏剣を取り出し独眼竜の脚元めがけて幾枚も投げつけた。
「佐助なのかッ!?」
叫ぶ声が誰なのか顔も見ずに当てるとは中々、と感心してしまうがそれどころではない。
此方に意識を寄せたせいで、敵に体当たりを食らって吹き飛ばされてしまう。
「旦那ッ!!」
何時の間にあの数の手裏剣を殺していたのか、飛ばされた旦那への道を塞ぐため気から飛び掛かり間に立ち塞がった。
独眼竜はそれすらも見通していたかのように地面に着地する寸前を狙い六爪で襲いかかってくる。
「うぐぁッ」
「佐助!!」
辛うじて止められたのは、腕に仕込んでいた苦無のおかげだ。
だが、やはり独眼竜の六爪となんの変哲もない(丁寧に手入れはしているのだが)苦無では切れ味の差は大きいようだ。
危うい状態で衝撃を支えた苦無がまるで木でも切ったかのように刀の刃で斬られてしまう。
相手に気づかれずに手に取れる武器が無く、次に来た六爪を防ぐ事が出来ず、条件反射で腕で防御の体勢を作る。
死を覚悟した瞬間だ。
耳を叩くような衝撃音と風圧に襲われた。
「hey,真田てめぇが俺の相手をするんじゃねぇのかぁ?」
「佐助は其れがしの臣。であらば、主が危うき時は命を持って主を守るのが務めその邪魔をする事は出来ませぬ。其れがしとて、御屋形様の為とあれば喜んで此の身をささげましょうぞッ!」
「Ha!」
余裕の男はその片目を爛々と輝かせ、旦那へと青く光る一撃を見舞った。
俺は裾の中に隠していた忍刀を構える。
「佐助、手出しは無用ッ。親方様との約束果たしてみせる!」
何だかいつもに似合わず真面目な事を言ったと思ったら、普段の熱血な旦那に戻ってしまい残念だ。
「・・・ハイハイ、解りましたよ」
「それより佐助、その道を先に行ってくれ!一人先を行ってしまったのだッ!!」
顔は真剣そのものなのに、言ってる事が間抜けな主に頭を抱えたくなった。
本当に戦馬鹿としか言いようが無い男である。
こんな育て方をした覚えは無いのだけれど、何処で間違ったのかも記憶に無い。
「〜〜本っ当にッ、ただし、あの文についてはあとでお説教だからね!」
「・・・・・・・・・・・・・早く行け!」
苦い顔をする旦那はやはり自分が思っていた通り、文を送るのを忘れていたらしい。
「オイオイ、真田。テメェ尻に敷かれてんなぁ」
そのセリフにムッと来たのだろう。
旦那がギリギリと奥歯を噛む。
(ありゃぁ、切れたな。)
旦那が「早く行けッ」と叫んだのと同時に雲隠れの術で先を急いだ。
指差した方の道を全速力で駆けて行くと、前方を走る男の姿が見えた。
後ろからでもわかる鍛え抜かれた体が相手の強さを物語っていた。
分身の術で相手の意識を霍乱する。
左右の林に影を送り、自分は男の先を取るために一気に聞き脚をバネにして加速した。
そして、男の横を過ぎる前に着物の裾に隠し持っていたクナイで男を狙い打つ。
(ッ外した・・)