「……臨也さん」
「臨也さん。臨也さん」
「なんだい? 帝人くん」
「僕は、臨也さんのことを誰よりも愛していますよ」
「……前触れもなくどうしたの? 誰かに言えって言われた?バツゲーム?」
初めて帝人を家に招いたその日。
突然背中に抱きついてきてそう言った。
なんの前触れもなく。なんの躊躇いもなく。
いっそ無感情だった。だからこそ、その言葉は真実味を帯びていた。嘘偽りのない帝人の言葉だと思えた。それでも折原臨也という人間は愛の告白を疑わずにはいられなかった。
「バツゲームなんかじゃありませんよ。もし、バツゲームだったとしてもこんな恥ずかしいことを言う必要があるんですか? バツゲームだと提示した相手が確かめることもできない行動なんてバツゲームにしても何の意味もないですよ。そんなこと臨也さんならすぐ分かりますよね」
当然だ。理解している。バツゲームだなんて低脳な行動で帝人が愛を叫んでいるのではないことくらい分かっている。
お茶をとりに立った臨也に走りよって、今も尚抱きしめるその手を離さない、この事実がバツゲームじゃないことくらい分かっている。
それでも疑わずにはいられなかった。この突然の行動が何か、率直に捉える以外の、他の意味を持っているのではないか。
――だって……。
(俺が、なんの意味もなく誰かに愛されるわけがない)
(俺が、こんな純粋を地でいく。無知な少年に愛されるわけがない)
(だから、そこに何か他意がある以外考えられない)
臨也は笑った。
ハハハ。
何も面白くない。何も可笑しくない。だけど笑った。
つまらない。意味のない愛を向けられるなんてくだらない。ありえない。現実的じゃない。
否定するために笑った。
ハハハ
腹を抱えて笑う。
ああ!おかしいなぁ!帝人くんが俺を愛しているって……ハハハ!ありえない!くだらない!そんなつまらないことを言う人間だと思ってなかったよ!
帝人の愛を否定する材料は一つとしてなかった。それでも、臨也を本当の『愛』で愛している理由にはならない。だから臨也は信じない。たとえ本当の意味で愛しているのだと告げているのだとしても臨也は受け入れない。受け入れない。
そして傷つける。愛していると告げてくる人間が真後ろで、全身をもって、体温で、握る強さで、愛をいっぱいに伝えていても受け入れない。受け入れられない。
折原臨也は愛するだけ。
排出するだけ。廃棄し続けるだけ。身のうちに溜まる愛を捨て続けるだけ。その方法が誰かを愛するという行動に成りえているだけ。そこには何の意味もない。行動以上の意味は一つもない。なんの打算もない。人間らしい欲望もない。
いらない。必要としない。不必要。
いつだってそうしてきた。愛は与えるだけのものであり。受け取るものではないのだ。他人から無償で与えられるものではないのだ。自分の持つ無限の愛は自分だから持ち得ている物で、他人がそれを所持することは不可能なのだ。だからそれを自分が欲したところで無駄でしかない。
帝人の愛だって、所詮偽り。受け取るに値しない。偽者の愛。
そんなものいらない。
「……臨也さん」
背中に帝人の額が押し付けられた。ぬるま湯だ。まるで絆そうとしているみたいだ。
「どうしたら信じてもらえるんでしょうか」
「信じてるよ。帝人くんは俺を愛しているんだろ?」
「……ふふっ」
ハハハ。
帝人が笑ったから臨也も笑った。
愛している事実は嘘なんだ。やっぱり誰にも愛されることなんてない。
「ウソツキ」
ふふっ。
帝人がまた笑う。
勘違いした臨也を嘲笑っていたのかと思った。
今は違う。寂しそうに笑う。泣くように笑う。
「ウソツキ。臨也さんのウソツキ」
額がグリグリと背中に押し付けられる。
痛くない。いっそ心地いい。
甘えるような動作。それなのに、帝人は泣いている。
そんなことをされても、どうしたらいいのか分からない。
「なんで君は……」
――今までの人間のように傷ついてどこかに行ってはくれないんだ。
出かかった言葉が喉に引っかかる。
「愛しているからです」
何も。言っていないのに。帝人には喉にまだ燻っている言葉が伝わったようで空気を揺らす。
「愛しているからです。臨也さんを愛しているからです。どうしようもなく愛しているんです。ねぇ、臨也さん。臨也さん」
「……そう」
腹が立った。引き下がらない帝人をめちゃくちゃに傷つけてやりたくなった。
もう優しくなんてしてやらない。
臨也は帝人の細腕を掴み意味のない拘束から抜け出す。振り返る。帝人は無表情だった。もっとムカついた。なんで。なんで。意味のない怒りが腹の内をグルグルと巡り続ける。全部帝人が悪い。怒りのまま帝人の肩を思い切り押した。帝人の身体はドミノ倒しのように軽く倒れる。無抵抗に、無表情に。帝人の頭はソファーの角に打ちつけられた。痛い。と、言わんばかりに肩を竦めたがそれ以外に行動は起こさない。
臨也は帝人に馬乗りになって。
小さくて真っ白な頬を平手で打った。
帝人は何も言わない。
もう一度打つ。
それでも何も言わない。
また打つ。
青い瞳が海のようにたゆたうだけで何もしない。
この程度では痛くないのか。それならもっと強く叩こう、もう臨也の前で愛の言葉なんて叫べなくなるくらいに強く叩いてやろう。殴ってやろう。壊してやろう。。
そう思うと振り上げる手のひらは拳を形作った。
無抵抗な白雪の地に自分を足跡を無我夢中でつけるように、何度も、何度も、殴り続けた。
帝人は騒がない。泣きもしない。終焉を望まない。
振り返った時に見た瞳から何も変わらない。殴られてなんていないのだと思わせる。
それでも。何者にも汚されたことのなかった白雪は、無遠慮に踏み荒らす臨也の拳により青く腫上がっていた。
かわいい。男の子にしては、かわいい、かわいい帝人の顔が腫上がっていた。臨也は帝人のかわいらしい顔が好きだった。幼さを残す顔が好きだった。顔だけじゃない。いつも切りすぎちゃうんですと笑っていたその短めの前髪だって。それによって惜しみなくさらされるおでこだって。人差し指で一度だけ触れたふにふにの唇だって。自分より低いその身長だって。感情によって変わるその声色だって。抱きしめれば折れてしまいそうな小さくて細い身体だって。海のようにおおらかに、そして今も意志の強さを主張しているその青みがかった瞳だって。自炊しているのに荒れをしらない綺麗な指だって。頑固で融通のきない一面だって。好奇心旺盛なところだって。臨也さんと呼んで嬉しそうに寄ってくるところだって。たまに照れたように頬を染めて臨也さんと名前を呼ぶその仕草だって。暇なときには勉強を怠らないその真面目さだって。ダラーズを一人で運営してしまうその手腕だって。竜ヶ峰帝人が。竜ヶ峰帝人が。だいす……
「……みか、ど、くん」
「はい。臨也さん」
「俺は……」
おかしい。目頭が熱くなってきた。
そう思えば熱い涙が一筋流れた。それだけではとまらなかった。気づけばもう筋じゃなかった。とめどなく溢れだした。決壊したダムのように止まることを知らずに流れ続けた。
帝人の小さな手が臨也の頭を捉えた。
「なんだい? 帝人くん」
「僕は、臨也さんのことを誰よりも愛していますよ」
「……前触れもなくどうしたの? 誰かに言えって言われた?バツゲーム?」
初めて帝人を家に招いたその日。
突然背中に抱きついてきてそう言った。
なんの前触れもなく。なんの躊躇いもなく。
いっそ無感情だった。だからこそ、その言葉は真実味を帯びていた。嘘偽りのない帝人の言葉だと思えた。それでも折原臨也という人間は愛の告白を疑わずにはいられなかった。
「バツゲームなんかじゃありませんよ。もし、バツゲームだったとしてもこんな恥ずかしいことを言う必要があるんですか? バツゲームだと提示した相手が確かめることもできない行動なんてバツゲームにしても何の意味もないですよ。そんなこと臨也さんならすぐ分かりますよね」
当然だ。理解している。バツゲームだなんて低脳な行動で帝人が愛を叫んでいるのではないことくらい分かっている。
お茶をとりに立った臨也に走りよって、今も尚抱きしめるその手を離さない、この事実がバツゲームじゃないことくらい分かっている。
それでも疑わずにはいられなかった。この突然の行動が何か、率直に捉える以外の、他の意味を持っているのではないか。
――だって……。
(俺が、なんの意味もなく誰かに愛されるわけがない)
(俺が、こんな純粋を地でいく。無知な少年に愛されるわけがない)
(だから、そこに何か他意がある以外考えられない)
臨也は笑った。
ハハハ。
何も面白くない。何も可笑しくない。だけど笑った。
つまらない。意味のない愛を向けられるなんてくだらない。ありえない。現実的じゃない。
否定するために笑った。
ハハハ
腹を抱えて笑う。
ああ!おかしいなぁ!帝人くんが俺を愛しているって……ハハハ!ありえない!くだらない!そんなつまらないことを言う人間だと思ってなかったよ!
帝人の愛を否定する材料は一つとしてなかった。それでも、臨也を本当の『愛』で愛している理由にはならない。だから臨也は信じない。たとえ本当の意味で愛しているのだと告げているのだとしても臨也は受け入れない。受け入れない。
そして傷つける。愛していると告げてくる人間が真後ろで、全身をもって、体温で、握る強さで、愛をいっぱいに伝えていても受け入れない。受け入れられない。
折原臨也は愛するだけ。
排出するだけ。廃棄し続けるだけ。身のうちに溜まる愛を捨て続けるだけ。その方法が誰かを愛するという行動に成りえているだけ。そこには何の意味もない。行動以上の意味は一つもない。なんの打算もない。人間らしい欲望もない。
いらない。必要としない。不必要。
いつだってそうしてきた。愛は与えるだけのものであり。受け取るものではないのだ。他人から無償で与えられるものではないのだ。自分の持つ無限の愛は自分だから持ち得ている物で、他人がそれを所持することは不可能なのだ。だからそれを自分が欲したところで無駄でしかない。
帝人の愛だって、所詮偽り。受け取るに値しない。偽者の愛。
そんなものいらない。
「……臨也さん」
背中に帝人の額が押し付けられた。ぬるま湯だ。まるで絆そうとしているみたいだ。
「どうしたら信じてもらえるんでしょうか」
「信じてるよ。帝人くんは俺を愛しているんだろ?」
「……ふふっ」
ハハハ。
帝人が笑ったから臨也も笑った。
愛している事実は嘘なんだ。やっぱり誰にも愛されることなんてない。
「ウソツキ」
ふふっ。
帝人がまた笑う。
勘違いした臨也を嘲笑っていたのかと思った。
今は違う。寂しそうに笑う。泣くように笑う。
「ウソツキ。臨也さんのウソツキ」
額がグリグリと背中に押し付けられる。
痛くない。いっそ心地いい。
甘えるような動作。それなのに、帝人は泣いている。
そんなことをされても、どうしたらいいのか分からない。
「なんで君は……」
――今までの人間のように傷ついてどこかに行ってはくれないんだ。
出かかった言葉が喉に引っかかる。
「愛しているからです」
何も。言っていないのに。帝人には喉にまだ燻っている言葉が伝わったようで空気を揺らす。
「愛しているからです。臨也さんを愛しているからです。どうしようもなく愛しているんです。ねぇ、臨也さん。臨也さん」
「……そう」
腹が立った。引き下がらない帝人をめちゃくちゃに傷つけてやりたくなった。
もう優しくなんてしてやらない。
臨也は帝人の細腕を掴み意味のない拘束から抜け出す。振り返る。帝人は無表情だった。もっとムカついた。なんで。なんで。意味のない怒りが腹の内をグルグルと巡り続ける。全部帝人が悪い。怒りのまま帝人の肩を思い切り押した。帝人の身体はドミノ倒しのように軽く倒れる。無抵抗に、無表情に。帝人の頭はソファーの角に打ちつけられた。痛い。と、言わんばかりに肩を竦めたがそれ以外に行動は起こさない。
臨也は帝人に馬乗りになって。
小さくて真っ白な頬を平手で打った。
帝人は何も言わない。
もう一度打つ。
それでも何も言わない。
また打つ。
青い瞳が海のようにたゆたうだけで何もしない。
この程度では痛くないのか。それならもっと強く叩こう、もう臨也の前で愛の言葉なんて叫べなくなるくらいに強く叩いてやろう。殴ってやろう。壊してやろう。。
そう思うと振り上げる手のひらは拳を形作った。
無抵抗な白雪の地に自分を足跡を無我夢中でつけるように、何度も、何度も、殴り続けた。
帝人は騒がない。泣きもしない。終焉を望まない。
振り返った時に見た瞳から何も変わらない。殴られてなんていないのだと思わせる。
それでも。何者にも汚されたことのなかった白雪は、無遠慮に踏み荒らす臨也の拳により青く腫上がっていた。
かわいい。男の子にしては、かわいい、かわいい帝人の顔が腫上がっていた。臨也は帝人のかわいらしい顔が好きだった。幼さを残す顔が好きだった。顔だけじゃない。いつも切りすぎちゃうんですと笑っていたその短めの前髪だって。それによって惜しみなくさらされるおでこだって。人差し指で一度だけ触れたふにふにの唇だって。自分より低いその身長だって。感情によって変わるその声色だって。抱きしめれば折れてしまいそうな小さくて細い身体だって。海のようにおおらかに、そして今も意志の強さを主張しているその青みがかった瞳だって。自炊しているのに荒れをしらない綺麗な指だって。頑固で融通のきない一面だって。好奇心旺盛なところだって。臨也さんと呼んで嬉しそうに寄ってくるところだって。たまに照れたように頬を染めて臨也さんと名前を呼ぶその仕草だって。暇なときには勉強を怠らないその真面目さだって。ダラーズを一人で運営してしまうその手腕だって。竜ヶ峰帝人が。竜ヶ峰帝人が。だいす……
「……みか、ど、くん」
「はい。臨也さん」
「俺は……」
おかしい。目頭が熱くなってきた。
そう思えば熱い涙が一筋流れた。それだけではとまらなかった。気づけばもう筋じゃなかった。とめどなく溢れだした。決壊したダムのように止まることを知らずに流れ続けた。
帝人の小さな手が臨也の頭を捉えた。