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見合い

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ふいに投げられた言葉にようやくお嬢さんを見れば、お嬢さんは期待と緊張を混ぜたような目で俺を見上げていた。良妻賢母であれば、とありきたりの答えを返そうとして、止めた。お嬢さんの目は夢見るような期待に輝いていたが、俺はその目をどこか遠いもののように感じながら口を開いた。

「私は――――・・・」














簡素なその下宿のドアを何度か叩けば、やがて草加が顔を出した。
土曜の夜であるというのに海軍大学の制服を着、そして大きな鞄まで持った俺を上から下まで眺めてから草加がわずかに眉を寄せたが俺はそれを無視して、草加の肩を押して勝手に草加の下宿に上がり込み、いつも草加がするように勝手にベッドに座り込んでやればいよいよ草加が眉を寄せた。

「滝、貴様こんな時間にそんな格好でどうした?」
「見合いならおじゃんになったぞ」
「は?」
「父は渋ったが、縁がなかったのだから仕方があるまい」

何を言い出したんだ、と露骨に変なものでも見るような顔をした草加を無視して俺は勝手に煙草に火をつけてその煙を十分に肺に吸い込んでから深く溜息をごまかすように煙を吐き出した。草加は吐き出された煙を迷惑そうな顔で手で払って散らしながら、話の続きを目で催促する。

「思うに確かに癪だが貴様の言う通り、俺はまだ家庭を持つ気がなかった。それだけだ」
「何故そう気が変わったんだ?」
「俺がお嬢さんの理想でなかっただけの事だ。・・・夕方に家を出てから何も食ってないんだ。外に何か食いに行くぞ」

携帯している真鍮製の灰皿に煙草を押し付け火をもみ消し、まだ何か聞きたそうな草加を遮って俺は立ち上がった。草加が「何があったんだ?」と聞き、振り返って草加のその腑に落ちぬ顔を眺めれば衝動的に体が動き、俺は草加を抱きとめた。抱きとめた草加の体はやはり男の体だった。俺よりも身長がいくらか低く、そして多少は丸い骨をしているとはいえ男のものである。あのお嬢さんの抱きとめれば折れてしまうんじゃないかというような華奢な体はしていない。全く別のものであった。

しかし、それが俺にはひどく心地良かった。


「やっぱり飯は後にしよう」

俺の肩口で草加が呆れたような溜息を漏らし、それでも俺の背中に腕を回してきた事に俺は気分をよくした。――――見合いでさえ貴様がごねるのだから、祝言でも挙げればお前が遠のくと思ったからなど俺の口から言えるもんじゃなかった。ましてや「私の理想は共に戦場に立つ人間です。美しい着物を脱ぎ、何日も同じ服を着て、その手を血豆だらけにして髪を振り乱して戦場まで出てきてくれるという女性であれば良い」と答えたなど口が裂けても言えぬ。


「どうせまた箱入りのお嬢さんを突き放すような事をほざいたのだろう」

しかし呆れたようにくすくすと笑った草加の笑い声を無視して、俺は草加のシャツを脱がしにかかった。








作品名:見合い 作家名:山田