二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

2月13日の栄口勇人

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
 とんでもないことをしてしまったのは気のせいじゃない。
 喜んでくれるかな、甘いもの好きだし。その言葉がやっと腹まで落ちてきたら緊張の糸が一気に解けた。壁からずるずると腰が下がる。静まり返った廊下には足音も話し声も聞こえないから、走ってきた自分の呼吸だけうるさくてなんだか滑稽だった。こんな遅くまで学校に残っているのは野球部くらいしかいないし、その野球部員も自分を残しすべて帰ったのだから、あんなにあわてる必要もなかったのだけれど
(名前も無しにチョコ送るだなんてオレは本当に小心者だよ)
 やけに深いところから出たため息は、普段より幾分白さが増しているように思えた。

 こんな気ちがいじみた行動に出たのにはいろいろ理由があって、チョコ欲しいだの、チョコもらえなかったらどうしようだの、節分が過ぎる前からやかましい水谷へのせめてもの慰み、と最初は思っていた。
 しかし水谷はわりとかっこいいほうなので、明日はチョコのひとつやふたつ貰えると踏んで間違いはない。また貰えないならそれはそれで、堂々と軽口のひとつと一緒にあげればよかったのである。オレの貰った義理チョコ半分しよーぜ、とか、姉ちゃんが水谷に……とか。言い訳なんて星の数ほどあったのに、のに、のに……。

 どうして自分は水谷のロッカーにチョコを放り投げるなんて暴挙に出てしまったんだろう。

 どこかでバレンタインのチョコレートを買う、この時期に、男子高校生が。バツゲームでも勘弁して欲しかったけれど、ならばこっそり手作り、と台所に立った自分を想像してみる。14日近くにチョコレートの匂いが立ち込める中、エプロン巻いて泡だて器なんか持っている自分を家族に見られたりしたりしたら…… とんでもなくくらくらした。
 そういうわけでチョコレートは遠くのコンビニまでチャリをとばし、読みもしない漫画と適当な雑誌の間に挟んで買った。それらをビニール袋に入れてくれた店員の顔は最後まで怖くて見れなかった。
(さらば、このコンビニよ! おれはここにはもう2度と寄ることはないだろう)
 ハイテンションのまま家に戻ったあとで、買った本すべてが女の子向けだったことに気がついたら腹の底から乾いた笑い声が出た。旅の恥はかき捨て、というけれど、そう割り切るにはぜんぜん距離が足りない。少なくとも埼玉にはもう自分の恥を捨てる所なんて、ない。

 妙に気持ちが温かくなり、夜の学校をひとり歩いてみる。7組の教室はもう皆帰宅しており、明かりすらついていなかった。廊下の蛍光灯が自分の影を伸ばした先、水谷の机は、中からプリントがはみ出していて乱雑だった。そこへ指で大きく『バカ』と書き、小さく「ばか」と復唱してみた。なにが『バカ』だって、水谷のためにこんなに一生懸命になっている自分がバカだ、と栄口は笑った。
 こんなのドッキリと変わらない。明日ロッカーの中のチョコレートを見つけ、誰だろう、かわいい子かな?なんて水谷ははしゃぐだろう。そういう、手のひらで躍らせるような趣味の悪いことをしている罪悪感もあった。
 それでも栄口は、どんなに間接的でも栄口は、水谷のとびきりの笑顔が見たかったのだから仕方ない。


 2時間目のあたりからじわじわと蝕んできた淡い不安が、昼休みの終わり近くにはどうしようもなく自分を突き動かしていた。
 水谷のロッカーに黙って手をかけるのは2回目、昨日と今。変わらないのは焦る気持ちだけ。
 今日の朝練が突然中止になったために、ロッカーは朝から今まで開けられることはなかったのだろう、青い包装紙できれいにラッピングされたチョコレートがなげやりに入っていた。
 1秒1分と時が過ぎるほど、不特定多数の誰かからではなく『栄口自身があげるから』喜ぶ水谷が見たいという思いが強くなってしまった。昼食をとるころには、誰かにチョコをもらい浮かれる水谷を憎らしいとまで感じるようになった。これは浅ましいを通り越し、かなり異常。
(オレは結局どうしたかったんだろう)
 包装紙の下の小箱は皮肉にも水谷の好きな色をしていた、そんな些細なことで涙腺がゆるむ。かわいく仕舞われたチョコレートを2つ一気に口の中に放り込み、栄口はしばらくモゴモゴと口を動かした。チョコレートの味がした、というよりチョコレートの味しかしなかった。
 予鈴の5分前に甘い茶色のカタマリ6個、すべて処理しきったら、忘れずに水谷のロッカーを閉めた。甘いものを一気に食べたせいか頭がくらくらする。理由が見つからず憤りを感じたまま冷たい金属の扉に、また『バカ』と指で文字を描いてみた。一人でわーわーやって、ジタバタして、結果勝手に落ち込んでいるのに、水谷のことがむかついてしょうがないのは、そういうみっともない自分も知って欲しいからだった。
(あー、本当にカッコ悪い今日のオレ…)
作品名:2月13日の栄口勇人 作家名:さはら