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消えなかった結果がコレだよ/ex

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 気分が良いとそれが演奏にも反映される。
 常なら作曲者が曲を生み出した背景とその当時に想いを馳せ、膨らまし、楽譜の地図を辿っていくのだが、特別いい事があった時は話が別だ。
 曲の力に身を任せ、ただ思うように鍵盤の上をステップし続けていく。
 そうして一曲弾き終えると、観客は閉ざしていた五感の一つをゆっくりと開いて、ローデリヒに何故を尋ねてきた。

「…ひとついいか。お前は怒りを、喜びで表現するのか?」

 ローデリヒが奏でたそれは、An die Freude――
 ギルベルトの時代からの縁でルートヴィッヒとも懇意にしているある国では、歓喜の歌と訳された曲だ。
 説教の名目でこの曲を弾いたのは初めてだから、ルートヴィッヒの質問も当然だろう。

「ええ。貴方を叱る機会なんてそうはないですから」

 嘘は言ってない。理由全部でもないが。

「…随分と楽しそうな音だったが」
「暗譜でしたから、若干アレンジ調になっていたかもしれませんね」

 これも同様。演奏中、つい指が踊ってしまうなんてよくある事。
 ルートヴィッヒはまだ何か腑に落ちないといった顔をしていたが、ローデリヒは気にも留めずさらりと流して微笑む事にした。
 ようやく諦めたのかルートヴィッヒもまた笑んだ。ただ、そういう事にしておこうという考えがうっすら見えてはいたが。

「私の怒りはまだ収まってませんよ。最後までしっかりお聴きなさい」
「一応訊くが…それはいつまで続くんだ?」

 さてと掲げた手を止めローデリヒは思案する。

「そうですね…」

 どうしたものかと何気なしに窓を見遣った。
 小鳥はそこで変わらずにじっとしていて、その様子に何故か、まだもう一時、と伝えられた気がする。
 ああ、と思い出す。そういえば丁度良いタイマーがあった。
 昔は付きっきりで見ていなければならなかったのに、放っておいても勝手に出来上がってくれるなんて便利になったものだ。

「アプフェル・シュトゥルーデルが焼き上がるまで、ですかね」

 楽しげなピアノの音が響く屋敷の片隅から、爆発音と香ばしい甘い香りがするまで、あともうしばらく――



『消えなかった結果がコレだよ/ex』