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イン ザ スノードーム

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 徐々に声は小さくなり、最後のほうは横切る車にかき消された。口を半開きにさせたまま顔を上げた水谷の目はびっくりするほど真摯で、それでいてとても情けなかった。否定も肯定もごちゃごちゃのうちにもう1台、そ知らぬ顔の車が風を切ると、すでに何か伝えられるような雰囲気ではなくなっていた。
 確かに水谷は「手を繋がないか」、そう言った。
 僕は水谷のまっすぐさにとても弱い。ずるいという感情を持つこともある。”そうできたらいい”と浮かんだ希望はすぐに心の深くへしんしんと落ちていく。そこは海や湖なんてたいしたもんじゃない、せいぜい理科の実験で使う狭くて浅いビーカー程度だ。その薄暗い底に積もった僕の欲望があきらめへと変化する前に、ガラス棒でぬけぬけと混ぜ返すのが水谷だった。ふたたびぐるぐると舞い上がったキラキラは僕をどれだけ惑わせると思っているのだろう。
手だってずっと繋ぎたかったよ。好きってことだってずっと言いたかったよ。だからずるいと感じるのだ。
「なーんちゃって、嘘でーす……」
 僕が何も言わずに黙っていると、ガラス棒はビーカーのふちを軽く叩く。透き通ったその音に、水面が揺れる。
「水谷、それ嘘だろ?」
「あっ、ばればれ?」
 お互いの乾いた笑いが路地に反響した後、妙に静かな間ができる。どちらかが何か言葉を発してくれるのを待っているのだ、もどかしい。

 思えば僕と水谷がつきあうなんていうことになったのは、これが原因だったのかもしれない。居心地の悪い沈黙を打破するための気遣いがぶつかり、二人とも同じタイミングで言葉を発してしまった。水谷が言えよ、栄口が先でいい、くだらない譲り合いの最後は結局水谷が折れた。よく覚えている、あの日も今日みたいにとても寒い日だった。雨が降れば雪になるだろうかなんて会話をしたあとの、いやに長い沈黙だった。
 水谷の口から押し出された白いもやが暗がりに溶け、無視して構わないという弱気な前置きに続き、それは早口で紡がれた。よほどなかったことにしたかったのだろう。だがそうはいかなかった。僕の望んでいた答えがそこにあったのだから。水谷が必死で残した逃げ道を消さないよう、『うん』と曖昧な肯定を返すと、水谷は上唇をきゅっと噛み、上目遣いで「これからもよろしくー……」なんて言うものだから僕は大げさに笑ってしまった。笑って笑って拗ねた水谷が少し膨れっ面になるあたりでようやくおさまり、自分もよっぽどテンパっていたことを知った。

 自分の手を今以上に意識したことはあったか?身体の一部分であるそこが全く別のパーツであるかのように自由が利かない、ただぼんやりと熱を持っているのだけ感じる。ふいに小指の付け根が疼き、意図せずズボンを引っ掻いた。それで変に気持ちが跳ねて、僕は何も考えずに水谷の手を絡め取った。隣の肩がびくりと震えた気がしたけれど、そんなことを確かめる余裕なんてない。水谷の手は僕よりも幾分暖かく、骨ばった指の感触ですべてがいっぱいになろうとしていた。
「さ、栄口、……なんかオレやばい」
「……うん」
「つーか、あー、うん、よくわかんねーんだけど」
「うん」
「……もう死んじゃいそう」
 思わずつらりと、オレもだよ、なんて素直な言葉が出たら、水谷はくぅと喉を鳴らし、何も言わないまま手にこめる力を強めた。寒さで丸まっていた背筋が弾かれるように伸びる。せつなさに喉が負けて涙が出てしまいそう。もう顔が見れない、会話が浮かばない。
 結局昨日のそれからはお互いの白い息とスニーカーしか見ていない。暗い行く先と乾いたアスファルトを交互に比べることはできても、あの茶色の髪が視界の端にちらりと入ってくるだけでわけもなく心が揺れた。泳ぐ視線は点々と白く浮かぶ街路灯をとらえていた。冬は空気がきれいなせいか、地面へ降りそそぐ静かな明かりはまるで雪が降っているかのようだった。
作品名:イン ザ スノードーム 作家名:さはら