鉄の棺 石の骸2
1.
Z-oneは、最後の仲間アポリアを見送ったばかりだった。
自分を永遠の友と呼んでくれた彼の願い。それは、彼の絶望を幼年期・青年期・老年期の三つに分け、Z-oneのしもべとすること。
アポリアほど注文は付けなかったが、先に逝ったパラドックスとアンチノミーも同じ願いをZ-oneに遺していった。
ライディング・ロイドを基にした人格のコピー技術は、この時点で、一目見ただけでは生身の人間と見分けがつかない程度には進化していた。瞳の機構をまじまじと覗きこみでもされない限り、見破るのは不可能だろう。
食事の必要は全くないが、カモフラージュの為ならラーメンだって食べてみせるコピーロボット。
「Z-one」と「不動遊星」に備わった知力と技術さえあれば、夢の実現も不可能ではなかった。
パラドックスのコピーは、既に出来上がっていた。
しかし、彼には「時間軸を遡ってその時代ごとに重要なカードを集める」のと「最終目的地点までたどり着き、確実にペガサスを殺す」という大事な使命がある。もし精度を誤って間違った人間を殺してしまったら、歴史の監視と修正を担当するアポリア―三皇帝に必要以上の負荷がかかってしまう。それに、歴史を遡る中で、強力な決闘者と鉢合わせしてしまった場合、すぐ壊れるようなロボットでは使い物にならない。
Z-oneは、彼の次に出来上がっていたアンチノミーのコピーから先に起こすことにした。
「アンチノミー」の姿は、昔機皇帝から彼を救った時点の容姿を忠実に再現している。
Z-oneは、ポッドの中に横たわるアンチノミーの起動スイッチを作動させた。生命維持装置に直結させたはずの心臓が、何故か必要以上に波打っている。
「ん……」
Z-oneの目の前で、精巧に作られたまつ毛がぴくりと動き、開いた目からは見知った色が浮き上がる。
起動は成功した。
「おはよう、アンチノミー」
「――あ、おはよう、Z-one。僕はいつから寝ていたんだ?」
「そうですね、約二年も経ちましたよ。あなたが一度眠りについてから再び目を覚ますまでの間に」
「ああ、そうか。僕は一回、死んだんだったな……」
手を握ったり開いたりして、アンチノミーはつぶやいた。未だに死の実感が湧かないらしい。
「あまり考えなくてもいいでしょう。あなたの実験は成功しました」
「そうなのか。……ああ、そうだ。鏡見てもいいかな。僕が今どんな顔してるか見てみたいんだ」
「いいですよ。ほら」
Z-oneは実験が成功した嬉しさに、何も考えずにアンチノミーに手鏡を取って渡した。
「ありがとう」
アンチノミーは至って自然に、「左手」で鏡を受け取った。
「……アンチノミー」
「何?」
「あなたの利き手は、どちらでしたか?」
「右手……あれ?」
「アンチノミー、ほら、握手を」
Z-oneに差し出された手は、左手だった。アンチノミーも戸惑っているようで、右手と左手どちらを出そうかまごついている。
Z-oneは愕然とした。オリジナルに忠実にコピーしたはずの人格データが鏡像反転している。
「Z-one。僕は何か変なのかな。こんな……」
「落ち着いて! 大丈夫です、すぐに調べます!」
「Z-one!」
「そこに寝てください! お願いですから!」
最後には、Z-oneの声がほとんど悲鳴のようになっていた。
無理やりアンチノミーのスイッチを切り、Z-oneはアンチノミーの人格データを探査した。
コピーした際に、機材に何かエラーが出たのか。それとも、配線の繋ぎ間違いか。嫌な予感がして調べた他二人のデータも、生前のものとそっくりそのまま反転してしまっていた。
正しくコピーし直そうにも、オリジナルは既にこの世にいない。コンピュータ上で反転しようにも、精密さが要求される人格データは、ポイントがずれると全く違った人格に成り果てる。それなら、精密度が低いAIで代用した方が気が楽だ。それができないのは、より精密さが求められる歴史の改竄に関わるメンバーだからだ。
ただの人形では、ここまで計画した意味がない。生身にデータをコピーしたZ-oneのような、複数の人格がごた混ぜになる最悪のパターンだけはなかったが……。
正しく、八方ふさがりだった。
Z-oneは、最後の仲間アポリアを見送ったばかりだった。
自分を永遠の友と呼んでくれた彼の願い。それは、彼の絶望を幼年期・青年期・老年期の三つに分け、Z-oneのしもべとすること。
アポリアほど注文は付けなかったが、先に逝ったパラドックスとアンチノミーも同じ願いをZ-oneに遺していった。
ライディング・ロイドを基にした人格のコピー技術は、この時点で、一目見ただけでは生身の人間と見分けがつかない程度には進化していた。瞳の機構をまじまじと覗きこみでもされない限り、見破るのは不可能だろう。
食事の必要は全くないが、カモフラージュの為ならラーメンだって食べてみせるコピーロボット。
「Z-one」と「不動遊星」に備わった知力と技術さえあれば、夢の実現も不可能ではなかった。
パラドックスのコピーは、既に出来上がっていた。
しかし、彼には「時間軸を遡ってその時代ごとに重要なカードを集める」のと「最終目的地点までたどり着き、確実にペガサスを殺す」という大事な使命がある。もし精度を誤って間違った人間を殺してしまったら、歴史の監視と修正を担当するアポリア―三皇帝に必要以上の負荷がかかってしまう。それに、歴史を遡る中で、強力な決闘者と鉢合わせしてしまった場合、すぐ壊れるようなロボットでは使い物にならない。
Z-oneは、彼の次に出来上がっていたアンチノミーのコピーから先に起こすことにした。
「アンチノミー」の姿は、昔機皇帝から彼を救った時点の容姿を忠実に再現している。
Z-oneは、ポッドの中に横たわるアンチノミーの起動スイッチを作動させた。生命維持装置に直結させたはずの心臓が、何故か必要以上に波打っている。
「ん……」
Z-oneの目の前で、精巧に作られたまつ毛がぴくりと動き、開いた目からは見知った色が浮き上がる。
起動は成功した。
「おはよう、アンチノミー」
「――あ、おはよう、Z-one。僕はいつから寝ていたんだ?」
「そうですね、約二年も経ちましたよ。あなたが一度眠りについてから再び目を覚ますまでの間に」
「ああ、そうか。僕は一回、死んだんだったな……」
手を握ったり開いたりして、アンチノミーはつぶやいた。未だに死の実感が湧かないらしい。
「あまり考えなくてもいいでしょう。あなたの実験は成功しました」
「そうなのか。……ああ、そうだ。鏡見てもいいかな。僕が今どんな顔してるか見てみたいんだ」
「いいですよ。ほら」
Z-oneは実験が成功した嬉しさに、何も考えずにアンチノミーに手鏡を取って渡した。
「ありがとう」
アンチノミーは至って自然に、「左手」で鏡を受け取った。
「……アンチノミー」
「何?」
「あなたの利き手は、どちらでしたか?」
「右手……あれ?」
「アンチノミー、ほら、握手を」
Z-oneに差し出された手は、左手だった。アンチノミーも戸惑っているようで、右手と左手どちらを出そうかまごついている。
Z-oneは愕然とした。オリジナルに忠実にコピーしたはずの人格データが鏡像反転している。
「Z-one。僕は何か変なのかな。こんな……」
「落ち着いて! 大丈夫です、すぐに調べます!」
「Z-one!」
「そこに寝てください! お願いですから!」
最後には、Z-oneの声がほとんど悲鳴のようになっていた。
無理やりアンチノミーのスイッチを切り、Z-oneはアンチノミーの人格データを探査した。
コピーした際に、機材に何かエラーが出たのか。それとも、配線の繋ぎ間違いか。嫌な予感がして調べた他二人のデータも、生前のものとそっくりそのまま反転してしまっていた。
正しくコピーし直そうにも、オリジナルは既にこの世にいない。コンピュータ上で反転しようにも、精密さが要求される人格データは、ポイントがずれると全く違った人格に成り果てる。それなら、精密度が低いAIで代用した方が気が楽だ。それができないのは、より精密さが求められる歴史の改竄に関わるメンバーだからだ。
ただの人形では、ここまで計画した意味がない。生身にデータをコピーしたZ-oneのような、複数の人格がごた混ぜになる最悪のパターンだけはなかったが……。
正しく、八方ふさがりだった。