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【No.6】汝、安らかならんことを

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「……っ…、…い…」
 何か声が漏れた。ギュッと目を閉じ、紫苑は身を堅くする。耳も塞ぎたくなったが、動けば彼に気づかれてしまう。
 眠りが早く来ることだけを切に願う。
「……ぃ……あ…っ…い………」
 背中に漏れる声が聞こえた。噛み絞めた歯の間から、絞り出される呻き。
「…あつ…い、熱い…、…こわ……助け……たす…」
 追いつめられるように、息すら忘れて、紫苑はさらに身を堅くする。拳の中で、伸びた爪が皮膚に食い込んだ。
「たす……け……、シオ…ッ…」
「っ―――」
 その名を聞いた瞬間、紫苑の体が動いた。
 身を返すなり、ネズミの細い肩を引き掴む。
「!?」
 乱暴な動きに、灰の目が大きく見開かれた。その目を見ながら、紫苑は噛み付くように開いていた唇を塞いだ。
 熱い。焼けるよな呼気だ。全力疾走の直後みたいに激しく喘いでいる胸にのしかかり、荒れた息のこもる口に舌をねじ込んだ。口腔を貪る口付けに、ネズミの体が身動ろぐ。驚いているらしい。無意識に押し退けようとする手が上がったが、紫苑は無視した。
 こちらを向かせた瞬間、見えてしまったのだ。
 大きく見開かれた灰色に濡れた目。こめかみに一筋伝った涙に。
「……っ…ぅ…」
 驚きに見開かれた目が、眉をひそめて閉ざされる。
 息苦しさのに下から、ネズミの舌が紫苑のそれに絡んできた。遅ればせながら、ようやく状況を察したのだろう。
 押し退けようともがいていた手が、紫苑のシャツを握りしめた。
「……ん…、ふ…」
 クチュ、と濡れた音を立てて舌が絡まる。有無を言わせぬ口腔への陵辱を、ネズミは受け入れる。
 黒髪に差し入れた手で促せば、わずかに顎を上げて紫苑の与える刺激を細い喉が飲み込む。
 荒れた呼気が収まるにつれて、粘質な熱が上がった。
 髪をまさぐる指先でうなじを撫でると、腕の中に捕らえた肢体がビクリと震えた。
 やがて小さな音とともに口付けが解けると、彼は大きく息を吐いた。
「……紫苑……おれ…」
「黙って」
 濡れて光る唇の端を舐め、顎をたどって首筋に顔を埋めた。
「やりたいんだ。今」
 首筋に這わせた舌で、滲む汗の味を舐め取る。
「いいだろ?」
 言いながら、返事を待たずネズミの着ているシャツをはだける。浮いた鎖骨に口付ける。
 嘘じゃない。苦しげな彼の呻きに混じった自分の名に、一瞬頭が沸騰したかと思った。体も反応した。
 嘘じゃない。だから君は何も言わなくていい。何も聞かない。

――だから安心して。

 そう心で囁いて、ボタンをはずして開いた胸元に口付けていく。
 ネズミは答えなかった。けれど、真夜中にいきなり盛りだした紫苑を拒まず罵らず、抗いもしない。聡明な彼はすべてを正確に読みとったのだろう。
 ややあって、ゆるりと彼の手が紫苑の肩に絡み付いてくる。
「……明日、早いから寝かせろよ」
 終わったら、と釘を刺し、四肢から力を抜いた。
「判ってるよ。約束する」
 紫苑は請け負って、白い肌に合わせる手を本格的な愛撫に変えた。

 心地よい疲労と快感と、深い陶酔にまみれて、紫苑の腕の中で気絶するように得られる休息。
 それがせめて、彼を悪夢から遠ざけますように。

 彼の短い眠りが、せめて安らかならんことを。

 胸元へ抱き寄せた黒髪に、飽かず口付けを落としながら紫苑は祈った。