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GUNSLINGER BOYXⅢ

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君にサヨナラ



少年と男の姿が大通り沿いの路地に消えていく。

気がつくと俺は全速力で階段を下りはじめていた。

歩道橋を駆け下り、人ごみをかきわけて走った。
追いかけずにはいられなかった。
そんなわけないと分かりつつも確かめずにはいられなかった。

歩道橋の上から見えた路地を曲がると人の姿はだいぶまばらになり、それらしき二人連れが細い道に入っていくのが見えた。
いそいでそれを追ったが、そこにはもう二人の姿は無かった。
どこか建物に入ってしまったのだろうかと周囲を見渡すがそれらしき店やアパートも無い。
一体どこにいってしまったのだろう。
大通りから外れた裏道は薄暗く治安が良くないため普通の人間はほとんど入ってこない。もちろん俺だって長居したくない。
しかしどうしても二人連れのことがあきらめきれず周辺を捜してみようかと思ったその時、背後でかささっと何かが動く音がした。
驚いてそちらを見ると一匹の猫が走り去っていった。
長くため息を吐いて、再び正面を向いて・・・・


「やぁ、こんにちは」


今度は本気で心臓が跳ねた。
気配などまったく感じなかったのに、いつの間にか俺の目の前には黒いモッズコートの男が立っていた。
その後ろにはフードを被った少年もいる。少年は楽器のケースのようなものを肩から下げていたが何かはわからない。

「俺たちに何か用?」

男はにこやかに笑いながら問う。
女性ならば頬を赤らめそうな完璧な笑顔なのに俺にはどこかひどく胡散臭いものに感じられ思わず後ずさった。

「つけてきたんでしょ?」
「え・・えっと、それは・・・・」

ちらりとフードの少年を見るが、彼は動かずに男によりそっているだけで相変わらず表情も見えない。
少し迷ったが、正直に事情を話すことにした。

「その、あんまり友達に似てたんで、つい・・」
「・・・この子が?」
「はい」

うなずくと男は「ふーん・・」と何かを思案するように顎に手をあて、じろじろと俺を眺め見た。
よく見ると男の瞳は血を思わせるような赤色をしている。
珍しい色だが、そういえばあいつも日系では珍しい瞳の色をしていたのを思い出す。

「帝人くん、知り合い?」
「・・・・」

『みかど』と呼ばれた少年は無言で首を横に振った。

「だってよ。見間違いじゃないかな」
「・・はは・・・・そう、ですよね・・・」

まあ、当然だ。
だってあいつはもうこの世にいないんだから。

俺は落胆ではなく脱力して肩をおとした。

そう、つい追いかけてきてしまったがあいつなわけないのだ。
あの時見えた顔は本当にあいつにそっくりだったが、見えたのは一瞬だったし自信があるかと言われれば微妙だ。そうか、やっぱり見間違いか他人の空似か。

当人にはっきりと否定されたことで先程までの記憶と執着ががらがらと崩壊していく。

「あ・・、じゃあ、そんだけです。すいませんでしたっ」

それにしても、人違いであんなに必死に追いかけてしまったとは恥ずかしい。
俺はこれ以上この人と話すこともないし、羞恥も手伝って逃げるように背を向けてその場から走り去ろうとした。


「死んだんでしょ」


数メートル走ったところで不意に男が言った。
俺はぎょっとして硬直し、振り返った。
男はやけに澄みきった声でつづけた。

「その友達とやら。そうだね、2年くらい前にさ」

男の紅い目が猫のようにすっと細まり口元がいじわるくつりあがる。
俺は顔が引きつるのを感じながら言った。

「あんた・・・なんで知ってるんだ」
「黒髪に青い目」
「っ・・・・・!?」

男は「ビーンゴっ」とおどけたように言って笑った。
カッと頭に血が上り、思わず男に掴みかかろうとするとフードの少年が男を守るかのように片手をつきだし男と俺の間に割って入った。

しばしの沈黙。
それを破ったのは少年の声だった。


「・・・・臨也さん、この人ただの素人みたいですし、やっぱり仕事に戻った方がいいですよ」


懐かしい、聞き慣れた声だった。
夢の中でも良く聞く、声変わり前の少年特有の不安定なハイトーンボイス。


動けない俺の目の前で、男が少年の頭に手をやりフードをとった。


短い黒髪。白い肌に小ぶりな作りのパーツ。ただ青い目だけがこぼれそうに大きい


間違いない。
間違えるはずもない。

どこからどう見ても、親友の顔だった。他人の空似だなどと思えない。
しかし同時に、いいようの無い違和感も感じていた。まるで、見かけは親友そのものなのに中身だけが他の何かに入れ替えられてしまったかのような。

少年の表情はまるでこちらの出方をうかがうかのような警戒心に満ちている。
男を守るかのような姿勢も崩さない。


「なん・・で・・・・・・」


動くこともできず酸素不足の金魚のように口をぱくぱくさせていると少年は若干困ったような表情になり、助けを求めるように後ろの男を仰ぎ見た。
荷物の肩ひもをぎゅっと握る様子があいつのくせとまったく同じで眩暈がしてくる。

またいつものように夢をみているんだろうか。
あの日以来幾度となく実はあいつが生きていたなんていう内容の夢をみたがここまでリアルなのは初めてだ。


「臨也さん、」
「うん。分かってるよ」

男が頭を撫でると少年は仕方ないなという風に小さくため息をついた。
その様子も、どう見てもあいつだとしか思えないのに頭の中の常識的な部分がそれを否定する。
夢だ。これは夢だ。


「なんだよこれ・・・夢ならさっさと覚めろよ・・・」
「君はどう思うの?」
「は?」
「君は、これが夢の中だと思う?それともこの子が本当に君の親友だと思う?」

男は張り付けたような笑顔のまま言う。
俺は男が口元は笑みの形を作っているのに目が全く笑っていないことに気がついた。ずっとそうだったから、胡散臭く違和感のあるものにかんじていたんだ。

「そうだ、帝人くん。夢かどうか確かめるためにこの子のこと軽くはたいてあげて」
「臨也さん、一般人への暴力はまずいですよ・・・」
「いいじゃんそれくらい」
「よくないです!」
「まったく、帝人くんは真面目だなぁ」
「ぼくは臨也さんのためを思って言ってるんです」

二人のやりとりがかつての自分と親友に重なる。
ああ、何がどうなっているんだ。

「・・・で、どう思うって?」
「あんたたち・・何者なんだよ。なんで・・・それ、どう見ても俺の親友の体だろ・・っ!!?」

叫ぶように言ったが男は首を横に振った。

「質問に質問で返すのは良くないね」
「ふざけんなっ!」
「人は何をもってその人をその人だと判断するんだろうね。『俺の親友の体』ということは君はこの子の体は君の親友だけど中身はそうじゃないと思うってことかい。
でも、君の親友は二年前に死んで葬式も行われたんだろ?その体は地中深くに埋められてとっくに微生物に分解されてるはず。そうだろ?」     
「っ・・・・」

そうなのだ。
あいつは、あの事件で殺されて、そう新聞に載って、葬式だって・・

「でも死体は見ていないんだろうね」

あの日の記憶が甦る。
作品名:GUNSLINGER BOYXⅢ 作家名:net