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鉄の棺 石の骸番外2~猫にかつおぶし~

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歴史の改竄メンバーの役割は、メンバーの生前の得意分野によって決められた。

 まず、時間軸の詳細な探索とペガサス個人の抹殺。この使命には、時空の歪みの法則とこの世界の年表を正確に把握している者が適任だ。
 これには、Z-oneと同じ科学者であったパラドックスが充てられた。彼はとても頭がいい。最も効果的なやり方で歴史の改変をやってくれるはずだ。
 次に、この世界の歴史を監督するイリアステル。彼らの使命は、世界の破滅をもたらす可能性を持つ事象や人物を抹消しつつ、神の居城アーククレイドルを出現させることだ。
 この使命は、時に力づくになる。戦闘経験のあるアポリアとその分身たる三皇帝が適任だった。細かい指令は神のお告げと称してちょくちょく送れば後はどうにでもなる。
 最後に、アーククレイドル以外で世界の破滅を防げるかを過去で試す使命。要するにオリジナルの遊星に力を与えて世界を救わせる計画だ。
 この使命の遂行者は、失敗時にはアポリアたちとともにアーククレイドルの守護に回ることになる。
 この使命に当たったのが……。

「……ふふふ、ふんふ〜ん……」
 アーククレイドルの一室から、殺風景な雰囲気にそぐわない能天気な鼻歌が聞こえてくる。時折、がさごそがさごそと何かを探す物音もする。
「いやー、嬉しいなあ、嬉しいなあ」
 逆立った青い髪の毛をふさふさ揺らして、アンチノミーは自分なりに使命への準備に取り掛かっていた。
「Z-oneから一体どんな使命を下されるのかドキドキしてたけど、流石遊星ファンクラブのリーダーだ、いい使命を僕に持って来てくれた」
 ちなみに副リーダーはアンチノミーだ。残りの会員はパラドックスとアポリアだが、彼らは筋金入りのファンではないので、実質ファンクラブ会員はこの世にたった二人だけだった。
 アンチノミーは、持っていく予定の大きなボストンバッグに、必要な物品を破損しないように丁寧に仕舞い込んでいる。

「最新のカメラ端末、OK」
「当時のネオドミノシティ地図の用意、OK」
「忘れちゃいけない、遊星の目撃マップ20xx年版もOK」
「サインペンと、サイン用の色紙と白紙カードもOK」
「遊星グッズカタログは……全部持っていけないから、Z-oneが僕に付けてくれた大容量記憶装置で覚える、……OK」

 使命の準備……それは過去の世界で遊星の追っかけをする用意だった。
 有意義な追っかけをする為には、どんな高性能頭脳の無駄遣いをも厭わない。それが筋金入りの遊星ファンだ。
 使命に必要な物品を揃えると、アンチノミーはやがてくるだろう使命に胸をときめかせていた……。

「何やっているのですか、アンチノミー」

のを、Z-oneに邪魔された。
「何って、使命遂行の準備だけど」
「使命にカメラと目撃マップとサイン用の用紙がいると思うのですか、君は!」
 流石は遊星ファンを世界滅亡後になっても続けているだけある。Z-oneは前々からのアンチノミーの不穏な動きを見咎めて彼の部屋に来たのだ。
「全く、油断も隙もない。そこは同好の士として、D-ホイールの話題とか、最新デュエルの話題だとか……」
「それはもうとうの昔に心の奥に刻んでるさ、ファンには初歩的なことだろう?」
「そうでした……」
 話題に重宝されるであろうD-ホイールに関する技術も、元々D-ホイーラーだったのと昔Z-one直々に仕込まれているので最早アンチノミーの標準装備だ。
「とにかく、そのバッグをデルタ・イーグルから降ろしなさい」
「嫌だよ、何で!」
「降ろしなさい。近づくつもりが気負いすぎて、不動遊星に警戒されたらどうするのです」
 彼の鋭い観察眼は、劣悪なサテライトで暮らす間に培われた。もし、アンチノミーが不穏な行動を咎められて彼に拒絶されたら、使命の一つは水の泡だ。
 Z-oneは何としてでもアンチノミーの暴挙を阻止しなければならなかった。
「言うこと聞かないのなら、今から君を三つの絶望に分けてでも、アポリアと交代させます」
「うー……」
 アンチノミーは渋々バッグを降ろした。
「Z-oneは冷たいんだなあ。僕の大好物を前にお預けだなんて」
「大いなる計画の前には、仲間にお預けさせることなど些細な物事です」
 とことん取り付く島がなかった。
「酷い……せめてカメラ端末は」
「駄目です。未来の物品を過去の人間に見せるなんてもっての外です」
「じゃ、じゃあサイン用具」
「彼がプラスの意味で有名になり始める前の時間軸での使命なのに、サイン責めは目立ちすぎます」
「目撃マップ」
「ストーカーとしてセキュリティに通報されてもいいのですか」
 Z-oneに自分の意見をことごとく却下され、とうとうアンチノミーは目の前の友に怒りがこみ上げてきた。
「っ、Z-oneっ……いくら過去に行ける僕がうらやましいからって」

 突然、ぷちっ、と白いフライング・ホイールの中で小さいコードが切れたような音がした。
 Z-oneはマニピュレーターを動かし、容赦なくアンチノミーの起動スイッチをオフにした。
「ゾ……」
「……」
 Z-oneの顔はいつもの仮面に遮られ、倒れるアンチノミーからは何の表情もうかがえなかった。

 かつての英雄、不動遊星は"一見クールなようですぐ熱くなる"と親友に指摘されたことがあるという。
 昔、人格データを自らにコピーして身も心も遊星になりきろうとしたZ-oneに、遊星のブチ切れやすい因子が紛れ込んでいても不思議なことではなかった。
 マニピュレーターでアンチノミーをしっかりつかみ取り、ずるずる床に引きずり回しながらZ-oneは部屋を出た。
 これでは、大昔の市中引き回しだ。

――うっかり、その場を目撃してしまったパラドックスは、あまりの光景の異様さにただただ目をひんむいていた。


 結局、使命の遂行が問題なくできるレベルになるまで、やむなくアンチノミーの記憶の根幹に手を入れる羽目になった。
 おかげで人格が変わってくそ真面目になってしまったが、それくらいの不都合は許容範囲だ。 
 遊星へと向かっていた愛のベクトルを無理やり別の方向に曲げたので、恐らくD-ホイールに愛をささやく程度には感性が歪んでしまったかもしれないが……これくらいは遊星も『変わった人間だな』と笑って許してくれるとZ-oneは信じている。
 遊星自身が警戒してアンチノミーを追いやったりしなければ、もう何でもいい。

 アンチノミーの旅立ちを、Z-oneが見送ってから幾日が過ぎただろうか。
 Z-oneの計算が正しければ、もう少しでアンチノミーが、とあるパーティに参加していた遊星と出会うポイントがくるはずだ。
 三皇帝を最後にしもべが全て出払ってしまい、賑やかだったアーククレイドルも静かになってしまった。
 Z-oneは、遊星愛という名の絆で固く結ばれた、親愛なる友を思う。
「君の使命に、余計な偏見は必要ないんですよ、アンチノミー……」
 Z-oneたち未来組の干渉は、かつての歴史とともに不動遊星の歩んだ人生をも変えてしまった。レジェンド・オブ・デュエリストキングダムもライディング・イン・ザ・バトルシティも、現時点の時間軸には既に存在しない。