かぐたんのよせなべ雑炊記
「状況把握しろよっそういう場合じゃないだろがっ」
業を煮やしたマスターはアルアル少女の両ドアノブヘアーを掴むと力任せにぐるっとドライブさせた。
「……、」
――んぎぎぎぎぎ、それでもなお、アルアル少女は歯を食いしばって全身でマスターに抵抗した。マズイ、このままじゃさいあくポッキリ折れちまう、マスターは大人の分別で根負けし、アルアル少女の捩れた首は元の位置に戻った。仕方なし、マスターはしばらく事の続きを見守ることにした。
「……――なるほどね、」
先生はカウンターに俯いた。――一理あるかもしれません、叔父上ふぇちのフリして、くたびれたおっさんばっか相手にしてりゃ、失われた若さという自身のコンプレックスは解消される、私にそういう打算がなかったとは言い切れない、白湯を片手に考え込む先生の身体は、カウンターにぐんにゃり斜めっている。
(……、)
――ああ、そんな貴方、俺はとても見ていられません、マスターは心に拳を握り締めた、今までどんなクダ巻くオッサン相手にも、全身全霊、正面から向き合ってきた先生だったのに。
本当はいますぐあのKYおさげ野郎ブン殴って店から叩き出してやりたいところだ、――だけど、マスターはぐっと耐えて心を鬼にした、愛しているから、だからこそ見届けなきゃならない戦いがある、俺の愛した(←いい加減主張が激しい)先生はこんなことくらいで決して自分から逃げたり潰れたりしないはず、
「――わかりました」
先生は空になった湯呑を手元に置いた。マスターは息を飲んだ。先生が重々しく口を開く、
「私は、誰に何と言われようととにかくおじさんが好きです。そして、私より若い男はみんなっ、おじさまのつばめポジションを奪い合うらいばるですっ」
(はっ?)
真剣に聞き入っていたマスターはずっこけた。
「そっちッスか先生〜」
――どんだけオッサン好きなんすか〜、おさげにーちゃんが先生にもたれ掛かってけらけら笑った。
「……なんだか、認めてしまったら自分でもすっきりしましたよ」
にーちゃんにつられるように先生も笑顔をみせた。幾分照れは含んでいたが、心からの自然な表情だった。やれやれ、マスターは胸を撫で下ろした。展開によっては一触即発かと覚悟もしたが、どうやら杞憂に終わったようだ、最後まで先生を信じて見守った俺に愛の資格……じゃない死角なし、……ところが、だ、
「いやぁ先生、俺、俄然先生に興味湧きましたよっ」
先生の両の手をがっしと捉えてにーちゃんが言った、
「最初は単に、ちょいとオノレの心の闇覗かせてヘコませてツブしてハイジンにしてやる気満々だったんすけどね〜」
――今回は俺の負けっす! 完敗っす!!
おさげにーちゃんは先生の前にさらに身を乗り出すと真顔に言った、
「どーです、おっさん一回りして目先変えたくなったらいつでも相手しますよっ」
「……はぁ、」
先生も困りはしているが一度はタイマン寸前までいった人間に無条件で持ち上げられてまんざらでもない様子だ、――ってウソでしょう先生、若い男に懐かれてふわふわ浮かれる先生なんて先生じゃない! 誰か嘘だと言ってくれ! 限界まで堪えた自我が崩壊する、マスターは足元からふらりと意識が遠のくのを感じた、
「うわぁ」
様子を見ていたメガネ少年がドン引き気味に眼鏡の蔓を上げた。
「あの人リアルに全方向っぽいよ〜」
――ああいうのホントよくわかんないやボク、メガネ少年は肩を押さえて身震いした。チャイナ少女は初志貫徹して無になりきった。兄の奔放な指向にも動じることはなかった。……まぁね、何のつもりか日頃破壊と創造のあーちすと気取りの兄が敢えてああいう頓狂な言動取りたがるのは想定の範囲内なのでこちらも別段驚く筋はない。まったく、志して道踏み外すなんざ可愛いものよ、本当に恐ろしいのは自分こそが真っ当だと信じて微塵も揺るがないヤツである。おしえてさんでる教授、正義とは何ぞや。
燃え尽きた白灰と化し厨房に崩れ落ちたマスター、理想を裏切り続ける歪んだ現実に絶望する傷心のメガネ少年、遠い目をしててつがくするチャイナ少女とその足元にグースカ寝こけるワン公、エキセントリックに突き抜けたいお年頃☆にうっかり懐かれてしまった原理派極右(?)おじさまフェチ、様々な事情を抱えて集った人々のそれぞれの思いを巻き込み、かくて場末のかふぇの午後は今日もまったり過ぎていくのであった……。
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作品名:かぐたんのよせなべ雑炊記 作家名:みっふー♪