かぐたんのよせなべ雑炊記
【6】かぐたろう
むかしむかしあるところに、銀髪天パのばーさんにしちゃナリのデカイおばあさんと、元黒髪メガネ少年だった普通のおじいさんがいました。
ある日のことでした。
おじいさんはリュックを背負って蚤の市へ掘り出し物のヲタグッズをゲットしに、その間おばあさんはせんたくおけを持って出かけた河原に寝転んでグダグダだらけておりました。
見上げた空のたかいところで、とんびがぴーひょろ鳴いています。掘削していた二穴のおたから鉱山からけっこう大物のブツが取れました。
ふと、指先の黒ダイヤから視線を移しますと、川の向こうにどんぶらこっことおおきな もも が流れてくるのが見えました。ばあさんはすわと起き上がりました。あれを拾って、じーさんが帰って来る前にぜんぶひとりで食っちまおうといういやしい腹積もりでした。
ばあさんはせんたくおけのなかみを草の上にぶちまけ、空になったおけを持って膝丈の浅い川へばしゃばしゃ入っていきました。いざおけを振り上げ、流れてくるももを捕えようとしたその刹那、
――ばりばりばりずしゃ!
内側からももを食いやぶり、おぎゃあとうまれたひとつの生命体がありました。
「――なっ、なんだオマエ、」
ばーさんは内心の怯えを覆い隠すように上から横柄な態度に出ました。ももからうまれた生命体は、ろーてぃーんと思しき少女の姿をしていましたが、そのときのばーさんには、そうしてこちらの油断をさそう、それこそ未知の生命体のえげつないわなに見えたのです。
おけを盾にしたばーさんの前で、少女はしりもちをついていた川底からむくりと起き上がると、噛み砕いたもものたねの殻を口からぺっと吐き、開口一番、言いました。
「おなかすいた」
「ハァ?」
ばーさんはまゆをしかめました。――たったいまてめぇがひとりでもも全部食っちまったんじゃねぇかよ! しかし果たしてヒトであるかも定かでない少女に、♪ぅヒトぅ〜としてぇ〜、あたりまえの理屈は通じません、
「ゴハン! ゴハン!!」
少女はばーさんの着物のそでに取り付いてしきりと訴えました。やれやれ、ばーさんは天パを掻いて言いました。
「だったら山にでも行ってみな、あいにくウチにゃヨソ様に食わせるゆとりはないんだよ」
「えー」
少女は顔中のパーツを限界まで歪めて不服を訴えました。
「とにかく、ねぇモンはねぇんだよ、」
――じゃあな、ばーさんはおけを持ってじゃぶじゃぶ川を上がりました。ばらまいたせんたくものをおけにしまいながら、そーっとうしろを振り返ってみると、川のまんなかに突っ立った少女は、無の表情で自分の指をもそもそしゃぶっていました。
「……たこのともぐい。」
少女はぼそりと不気味な台詞を吐きました。
(……。)
ばーさんは天パの毛先までぞっと寒気がしました。――なんてこったい、まったく夢見がわるいじゃないか、ばーさんはしぶしぶ手を振って少女を招きよせました。気付いた少女が、ぱあっとあかるい顔に駆けてきました。
「いいか、おにぎり1コだけだぞ、」
ばーさんは強力に念押ししました。少女は力いっぱい、おだんご頭でウンとうなずきました。……別に、どこの馬の骨ともわからない、他人様の目の前でいきなりももから生まれやがった非常識な娘など見捨ててそのまま帰ってしまってもよかったのですが、日頃いちいち無駄にワルぶっているわりに、なんだかんだで結局根はお人よしなばーさんなのでした。ももを拾ったらじーさんが帰ってくるまでにいそいでひとりで食っちまおうとしたのだって、まごまごやっててじーさんの帰り時間にバッティングして、――えぇちょっとぉ! ボクのぶんはっ?! じーさんを悲しませたくなかったからです。じーさんが戻る前に完璧に証拠隠滅しておけば、何も知らないおじいさんはゲットしてきたおたからグッズの話を、こちらが聞いていなくてもえんえんタレ流して嬉々としているでしょう。しあわせの定義なんて、いちがいには決められないのです。
こうしてばーさんはずぶぬれのチャイナ服少女を家まで連れ帰り、炉端で火にあたらせて、やくそく通りゴハンを出してやりました。
「いっただっきまぁーっす!!」
少女はばーさんがこさえたおにぎりをぺろりと一口でたいらげました。指をくわえて、おひつの中のゴハンをじっと覗きこみます。ほっとくとまたあのうすら恐ろしい”たこのともぐい”とやらをやりだしかねない勢いです。
「……」
――仕方ねぇな、ばーさんは天パを掻きました。
「わかったわかった、それぜんぶやっから」
「まーっす!!!」
少女はおひつの中のゴハンをひとつぶのこさず食らい尽くしました。それでもまだ何か物欲しげに、土間の片隅を瞬きもせず見つめます。今月分の米がたくわえられているこめびつです。
「……。」
――えーい、関わり合いになったが運の尽き、もってけドロボー!とばかりばーさんは家じゅうありったけの米をぜんぶ炊いてやりました。少女はどんどん食べました。炊いても炊いても追いつきません。
「……もうオワリ?」
けろりとした顔で空っぽになったこめびつをがくがくゆすって少女がたずねました。
「オワリだよっ!」
ばーさんはしゃもじをにぎってややキレ気味に返しました。ばーさんの予定では、さすがに最後は少女も満腹して、ありがとう、これ以上もう食べきれません、どうもごちそうさまでした、ではお礼にコレを……、的な展開をうっすら期待していたのです。
「あっそう」
少女はあっさり言いました。ほっぺたにくっついていたゴハンをぱくりと飲み込むと、出せるゴハンがないのならもうこんなところに用はない、土間に下りてカンフーシューズのつま先をトントンしました。
「えっ」
ばーさんはあっけにとられました。甘い幻想は打ち砕かれました。
「じゃっ!」
少女はしゅたと手を上げて、ばーさんの前から脱兎と姿を消しました。開け放された表の戸を眺め、――どーすんだ明日からのメシ……、ばーさんはしばし呆然としました。
+++
むかしむかしあるところに、銀髪天パのばーさんにしちゃナリのデカイおばあさんと、元黒髪メガネ少年だった普通のおじいさんがいました。
ある日のことでした。
おじいさんはリュックを背負って蚤の市へ掘り出し物のヲタグッズをゲットしに、その間おばあさんはせんたくおけを持って出かけた河原に寝転んでグダグダだらけておりました。
見上げた空のたかいところで、とんびがぴーひょろ鳴いています。掘削していた二穴のおたから鉱山からけっこう大物のブツが取れました。
ふと、指先の黒ダイヤから視線を移しますと、川の向こうにどんぶらこっことおおきな もも が流れてくるのが見えました。ばあさんはすわと起き上がりました。あれを拾って、じーさんが帰って来る前にぜんぶひとりで食っちまおうといういやしい腹積もりでした。
ばあさんはせんたくおけのなかみを草の上にぶちまけ、空になったおけを持って膝丈の浅い川へばしゃばしゃ入っていきました。いざおけを振り上げ、流れてくるももを捕えようとしたその刹那、
――ばりばりばりずしゃ!
内側からももを食いやぶり、おぎゃあとうまれたひとつの生命体がありました。
「――なっ、なんだオマエ、」
ばーさんは内心の怯えを覆い隠すように上から横柄な態度に出ました。ももからうまれた生命体は、ろーてぃーんと思しき少女の姿をしていましたが、そのときのばーさんには、そうしてこちらの油断をさそう、それこそ未知の生命体のえげつないわなに見えたのです。
おけを盾にしたばーさんの前で、少女はしりもちをついていた川底からむくりと起き上がると、噛み砕いたもものたねの殻を口からぺっと吐き、開口一番、言いました。
「おなかすいた」
「ハァ?」
ばーさんはまゆをしかめました。――たったいまてめぇがひとりでもも全部食っちまったんじゃねぇかよ! しかし果たしてヒトであるかも定かでない少女に、♪ぅヒトぅ〜としてぇ〜、あたりまえの理屈は通じません、
「ゴハン! ゴハン!!」
少女はばーさんの着物のそでに取り付いてしきりと訴えました。やれやれ、ばーさんは天パを掻いて言いました。
「だったら山にでも行ってみな、あいにくウチにゃヨソ様に食わせるゆとりはないんだよ」
「えー」
少女は顔中のパーツを限界まで歪めて不服を訴えました。
「とにかく、ねぇモンはねぇんだよ、」
――じゃあな、ばーさんはおけを持ってじゃぶじゃぶ川を上がりました。ばらまいたせんたくものをおけにしまいながら、そーっとうしろを振り返ってみると、川のまんなかに突っ立った少女は、無の表情で自分の指をもそもそしゃぶっていました。
「……たこのともぐい。」
少女はぼそりと不気味な台詞を吐きました。
(……。)
ばーさんは天パの毛先までぞっと寒気がしました。――なんてこったい、まったく夢見がわるいじゃないか、ばーさんはしぶしぶ手を振って少女を招きよせました。気付いた少女が、ぱあっとあかるい顔に駆けてきました。
「いいか、おにぎり1コだけだぞ、」
ばーさんは強力に念押ししました。少女は力いっぱい、おだんご頭でウンとうなずきました。……別に、どこの馬の骨ともわからない、他人様の目の前でいきなりももから生まれやがった非常識な娘など見捨ててそのまま帰ってしまってもよかったのですが、日頃いちいち無駄にワルぶっているわりに、なんだかんだで結局根はお人よしなばーさんなのでした。ももを拾ったらじーさんが帰ってくるまでにいそいでひとりで食っちまおうとしたのだって、まごまごやっててじーさんの帰り時間にバッティングして、――えぇちょっとぉ! ボクのぶんはっ?! じーさんを悲しませたくなかったからです。じーさんが戻る前に完璧に証拠隠滅しておけば、何も知らないおじいさんはゲットしてきたおたからグッズの話を、こちらが聞いていなくてもえんえんタレ流して嬉々としているでしょう。しあわせの定義なんて、いちがいには決められないのです。
こうしてばーさんはずぶぬれのチャイナ服少女を家まで連れ帰り、炉端で火にあたらせて、やくそく通りゴハンを出してやりました。
「いっただっきまぁーっす!!」
少女はばーさんがこさえたおにぎりをぺろりと一口でたいらげました。指をくわえて、おひつの中のゴハンをじっと覗きこみます。ほっとくとまたあのうすら恐ろしい”たこのともぐい”とやらをやりだしかねない勢いです。
「……」
――仕方ねぇな、ばーさんは天パを掻きました。
「わかったわかった、それぜんぶやっから」
「まーっす!!!」
少女はおひつの中のゴハンをひとつぶのこさず食らい尽くしました。それでもまだ何か物欲しげに、土間の片隅を瞬きもせず見つめます。今月分の米がたくわえられているこめびつです。
「……。」
――えーい、関わり合いになったが運の尽き、もってけドロボー!とばかりばーさんは家じゅうありったけの米をぜんぶ炊いてやりました。少女はどんどん食べました。炊いても炊いても追いつきません。
「……もうオワリ?」
けろりとした顔で空っぽになったこめびつをがくがくゆすって少女がたずねました。
「オワリだよっ!」
ばーさんはしゃもじをにぎってややキレ気味に返しました。ばーさんの予定では、さすがに最後は少女も満腹して、ありがとう、これ以上もう食べきれません、どうもごちそうさまでした、ではお礼にコレを……、的な展開をうっすら期待していたのです。
「あっそう」
少女はあっさり言いました。ほっぺたにくっついていたゴハンをぱくりと飲み込むと、出せるゴハンがないのならもうこんなところに用はない、土間に下りてカンフーシューズのつま先をトントンしました。
「えっ」
ばーさんはあっけにとられました。甘い幻想は打ち砕かれました。
「じゃっ!」
少女はしゅたと手を上げて、ばーさんの前から脱兎と姿を消しました。開け放された表の戸を眺め、――どーすんだ明日からのメシ……、ばーさんはしばし呆然としました。
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作品名:かぐたんのよせなべ雑炊記 作家名:みっふー♪