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かぐたんのよせなべ雑炊記

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センセイのてつがくかふぇへようこそ☆(2)



今日も今日とて場末のてつがくかふぇは絶賛開店休業中である。
たまに出前の間違い電話が鳴るくらい、随分昔に最新洋楽ヒットチャートダブカセにエアチェックしたやつをオートリバースで延々BGMに、店内は閑散としていた。
しかし無口な雇われ銀髪マスターの様子に切迫感は微塵も感じられない。何の、売上げ比例の給料を減らされることぐらい、店がヒマでヒマで、その間こうして先生とべったり二人きりでいられる方がよほど充足度が高いのである。ビジネスセンスの欠片もない、典型的なダメ店長であった。
世間から絶縁され、間延びした空間を切り裂いて、♪カララン、実に十数時間ぶりに忘れ去られていた時の鐘が鳴った。
「……」
古びたガラス扉を押し開けて、のっそり顔を覗かせたのはこれまた中古のくたびれた髭面オヤジであった。よれよれの半纏に草履履き、全体に薄汚れた鼠色のフィルタを3Dに突き抜けて、唯一磨き上げられたグラサンだけがテカテカと異彩を放っている。
「いらっしゃ……」
先生が迎え入れるより早く、
「おっ、お冷やをひとつっ!」
まるで牽制球を放るかのごときクイックモーションで男が口にした。
――ワタクシは見ての通りの文無しです、あとで請求されたところで一銭たりとも出せません、自ら宣言することで多少なりともアドバンテージを握ろうという作戦か、ゆるい外見で油断させた上でのなかなかの策士である。
(……。)
――そうかなァ、雇われマスターは腑に落ちないながらも取り出したコップにピッチャーから水を注いだ。冷やとは名ばかりの、さっぱり客が来ないのですっかりぬる水である。
「……、」
落ち着きなく店内を見渡して挙動不意だったグラサンおやじは、コップの置かれたカウンター席にそそくさと腰を下ろし、まずは駆け付け一杯、冷や(実体はぬる水)をあおった。
「お水、もう一杯いかがですか?」
にっこり笑って先生が言った。「冷やでもぬる燗でも、……私が飲んでるのは白湯なんですけど、熱燗もイケますよ、」
「熱燗かあ……、」
――イイですなァ、髭面に手の甲を当て、じゅる、男は溢れ出る涎を拭った。先生がパチンと指を鳴らした。
「マスター、熱燗一本お願いします」
「……」
マスターは喉元まで出かけた言葉にぐっと詰まりながらも、承って小さく一礼した。
(……。)
――これはマズイ、なんだかすごくイヤな予感がする、燗をつける間も話の弾むカウンター席に耳をそばだてながらマスターは思った。よくない勘ほど当たるものだ、彼の予測は間もなく現実のものとなる。
「……ささ、叔父上一献、」
先生は満面の笑みで自ら熱燗の銚子を取り、グラサン男に酌をした。
「や、こりゃいたみいります、」
急に叔父上なんぞと呼ばれてやや戸惑っていた様子だが、恐縮しながらも男が杯を受ける。
(……。)
――ギリギリギリ、目の前の光景に雇われマスターは歯噛みした、たかがカウンター一枚隔てた彼岸のなんと遠くに感じられることか、叶うものなら今すぐあの男の手にある猪口を叩き割って、先生の抱えた銚子ごと誰も知らない彼方に連れ去ってしまいたい、
「ぷはァーっ、ウマイッ!」
グラサンおやじは上機嫌で勧められるまま杯を重ねた。
(……。)
――ったく、水(60度弱のお湯)で酔えるたぁめでたい奴だぜ、グラサン野郎に侮蔑をくれることで、マスターは己が内に沸き上がるどす黒い負の衝動をどうにか耐えた。しかし荊の試練は続く、
「マスター、何かアテになるようなものはありませんか?」
酌をしながら先生が言った。マスターはひん曲がっていた顔を慌てて元に戻した。
「いやいや、イイんですアテなんて、」
すっかりほろ酔い加減の男が手を振った、「こういうものはふいんきですから、あると思やぁ、空気でもなんでもウマイんですっ」
「……」
――ドン! マスターは男の前に空っぽの小鉢を置いた。カウンターに手を付いて男が身を乗り出した。
「ややっ、懐かしいこりゃトンブリかなっ」
――いやねぇ、別れた妻の母方か父方の従兄弟かおばさんかなんかがよく送ってきてくれてたんですよ、エアトンブリを割り箸に摘みながら男は笑い、いや涙ぐんですらいるようであった。
「マスター、お冷や注いであげてください」
先生が言った。マスターはコップになみなみ冷や(今度はマジ冷)を注いだ。口いっぱいに頬張ったエアトンブリを、男はコップ水で一息に流し込んだ。
「……、」
――ぐす、カウンターに肩を落とし、啜り上げて男は言った。
「情けないと思うでしょう? 自分でもこんなおじさん……、でもね、」
男はそこでやおら顔を上げた、「信じられないでしょうが、こんな私でもものすごく好いてくれる若い男の子がいるんですっ!」
――ダシッ!! グラサン男はカウンターに拳を叩いた。
「――、」
突っ立っていたマスターが噴いた。ピッチャーの水が三分の一ばかしこぼれた。
「……、」
――わかります、オヤジの傍で先生がしみじみ頷いた。ギクリ、マスターの心臓が跳ね上がる、
「私もうんと若い頃、叔父上にハァハァ夢中でしたから、」