かぐたんのよせなべ雑炊記
「――!」
マスターがまた噴いた。というか、どっか気管をおかしくして盛大にムセた。
「わかる? わかるってゆーんですかアナタにはあのいたいけな少年の気持ちがっ!?」
グラサンおやじが唾を飛ばして先生に詰め寄った、――てゆーか近い近い近い! 身体を折り曲げてゲヘゲヘしながらマスターはいよいよ頭に血が上った、いかん、マジでクラクラすんぞ、オヤジの手に猪口をもたせ、ぬるくなった熱燗を注いで先生は言った、
「……年上の素敵な同性というのは、ある時期の男の子にとってとても眩しいものなんです、ふぁざこんとかブラコンとか関係なしにね」
「そっ、そぉなんれしょうか?」
杯をあおり、呂律が回らなくなったオヤジが訊ねた、
「らけろね、あの子はほんろうにまらわらくて、……もっさい髪型やら眼鏡やらに隠れてまふけろ、お肌なんかつやつやぴちぴちしれれ……、なのに私はこんな……、何にもいいところのない、よれよれのダメなおじさんで……」
――わぁぁッ! 段階的に酔いから醒めたおっさんは猪口を放り出すとカウンターに突っ伏した、――なのにこんなっ、まるでダメ男の私なんか愛してもらえる資格はないんだッ!!
「……」
転がった猪口をテーブルに置き直し、静かな口調に先生が言った。
「誰かに好きになってもらうのに、資格なんていらないんです」
「……、」
――ひっく、カウンターに伏せたオヤジの肩が啜り上げる、
「あなたがあなただから、その男の子にはそれで十分なんですよ」
「……」
おっさんが顔を上げた。先生は微笑んだ。
「……そうれすね、」
噛んだおっさんの髭面にも、ニカァッと、弱々しいながらも笑みが浮かんだ。
「私は、愛される資格のない自分が愛されることに怯えて逃げてばかりでした……」
――でも、千鳥足におっさんが立ち上がった、
「これからはっ、もっとガンガンありのままの自分を曝け出しますっ!」
「その意気ですよ、」
先生が無責任に拍手した。ふらつきながらも男はビッと最敬礼を決め、そのまま右手右足同時行進で店を出て行った。
(……。)
――それもそれでどーなんだろうなァ、そりゃ先生は趣味のおじさまと絡めてご満悦でしょうけど、鼻歌混じりにカウンターを片す先生を横目に、一抹の不安を胸に覚える雇われマスターなのであった……。
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作品名:かぐたんのよせなべ雑炊記 作家名:みっふー♪