牙を立てるその日まで
本能的に喉が鳴るその存在は、ひどく可愛らしい。
ただ穏やかな草食の動物のようでいて、時折青みがかかった瞳を冷徹に光らせる。そのギャップがたまらない。押せば怯えるくせに、つつけば鬼が出る。これがどうして逃せずにいられようか。純朴な少年の根から、葉から、その甘い花弁から全てが愛おしいとも思う。だが、彼の全てを守りたいと思うくせして捕食の願望という感情が奥底に潜んでいる。
夜にしか出掛けないのは、静雄と遭遇して余計な混乱を招くことももちろん嫌だったのもあるが、何より帝人と二人な状況を邪魔されたくないからだ。例えば昼時に出掛ければ、周りに人がいるため帝人はあちらこちらへと話を展開できるだろう。
今すれ違ったのは、とか、学校の友人だとか。しかし、俺はそんな他人の話をする帝人と出掛けたいわけではない。どうせならこちらを見て、俺とだけ話をしてほしい。
深夜に出掛ければ、あたりは静かだから必然的に夜空を見るか俺を見るかしかない。周囲に人がいないなら、余計な話をする必要もない。一日を楽しそうに話すのも可愛らしいから、一層出掛けるメリットもある。二人きりと意識させるにはもってこいなのだ。まあ、帝人は気づいてはいないだろうが。
早く気づけば、気づくほど自分的にはいいのだけども。焦らずにいくことにする。
「帝人、まだ寝癖直ってなかったのか。跳ねてンぞ」
「うわああ、ほんとですか・・!」
どこだと焦って髪を押さえる、僅かな仕草でさえ食欲をそそる。
瞳が陰を纏えばすぐに頭を撫でて取り去ってやったが、本当の事を言えばそれよりも潤んだ眼球をひとつ舐めてみたい。その後で少しだけ傷ついた顔をしながら、それを見ないふりにする存在に、欲が疼く。たまらなかった。こんなに優しくするのはお前だけだと甘く囁いてやりたいが、それはまだ早い。
帝人がもっと俺を追いかけて、静雄を見なくなって、臨也を見なくなって、俺だけに傷ついたら泣いたら愛おしいと思ったのなら、それが食べ頃だろうから。
だから、待っている。
まだかまだかと胸に燻る薄暗い欲情と愛情を煙草を吹かすことでひた隠しにして、緩やかに近づく帝人を待っている。
まだ髪を押さえる帝人に笑って気にすんな、と頭を軽く数回撫でた。
「デリ雄さんは、あの、優しいですよね」
「そうか?普通じゃねえの」
「僕ももっと身長高くて、それくらい顔が整ってたらなあ」
「ばァか。お前はお前の長所があんだろ。帝人はそのままでいいさ」
「・・・・・・そうですか?」
「十分じゃねェか。でも、ま。もうちっと体力は付けとくべきだな」
「あー・・・そうですよね・・・あはは・・・」
すぐ傍の獣に気づかずに笑う帝人。
ああ、そうやって笑っておくといい。今の内に誰か、俺以外を思って泣いたりしておくといい。そうできるのも今だけなのだから。
最後には、ぱくりと笑顔も涙も俺の腹の中。
全部を染め上げてやろう。全てを愛情に塗れさせてやろう。
愛らしい笑顔と声で俺の名前を呼んだなら、体から心まで、奪ってやる。
「・・・機嫌良いですね?」
「あァ。ま、な」
獣の牙は気配を殺して、ただその矛先を穿つ日を待つ。
いつの日か鋭く刺さった牙に気づいた獲物は恐らく何も分からずに、自分は今が幸せであると微笑むのだろう。
作品名:牙を立てるその日まで 作家名:高良