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花火の下の黙認

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 少し前を歩く栄口のマフラーのヒラヒラが、視界の中でゆるいリズムを持ち動く。辺りはもう陽が落ち、その暗さをかき分け光る街灯は自分の吐く息をより白く見させているような気がした。川ばたの道は枯れ草が縁取り、さっきジョギングをしている人とすれ違う時踏んで、靴の先にかさかさと乾いた音を立てたことを思い出す。
 さっきから何もしゃべっていないのは、栄口が行き先も告げず俺を連れ出したからだけではなく、ただ単に寒くて口が開けないのもあった。鼻の頭だけが妙に冷えてムズムズするんだけど、冷え切った身体にはわざわざポケットから手を出す勇気すら残っていない。鼻水をすすり上げる拍子に釣られ空を見上げたら、街の明かりに気おされて星は遠くのほうでぼんやり霞んでいた。端っこでひときわ輝くものだけやたらと元気で、月が出ていない夜空を我が物顔でぎらぎら揺らめいていた。
 俺がしたくしゃみに弾かれるように栄口は後ろを振り向き、歩みを止めて一言、大丈夫かと訪ねた。肯定とも否定とも取れるような間延びした返事を返し、俺は夜の紺色との対比が美しい、栄口の目の白い部分を見つめた。まぶたを伏せ、しばらく下を向くその仕草は何か考え事をしているということに、かなり前から気づいている。伊達にいつも目で追っているわけじゃないのだ。
「あともうちょっとだから」
 その言葉に付け加え、貸そうか?とマフラーをはずし始めた栄口の手を慌てて引きとめた。
「2本も巻いたら俺かなり面白い奴になっちゃうんだけど」
「だって水谷寒そうだし」
「それは栄口も一緒じゃん」
 栄口はまた目を伏せ、ふわりと白い息を吐いた。もしかして寒くないのだろうか?俺が思い当たるより早く栄口は前に向き直り、音もなくそこにある、黒い川の流れとは逆の方向へまた歩き始めた。やっぱり寒いのだろう、少し縮ませた首筋がかわいい、好きがじわりと染みてくる。
 けれど栄口を見るたび湧き上がる感情には常にあきらめが付いて回っていた。こんな鬱陶しい奴に惚れられるなんて栄口もほとほと運がない。かわいそうでなんとかしてやりたいよ。……できることなら。
作品名:花火の下の黙認 作家名:さはら