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花火の下の黙認

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 携帯電話を取り出し、時刻を確かめた栄口が「そろそろだよ」と言う。相変わらず閑散とした川べりの景色は、地面から空にかけ黒、紺、青のグラデーションがかかっていて、そこに立っているだけで余計寒さが増してくる。まっすぐ上流の方向を見つめる栄口に今更質問することはできなくて、俺は黙ったまま、感覚のなくなってしまった足先へ目を落としていた。
 夏、あんなふうに事を進めていた栄口に「どうして」と突っかかることはしなかった。マジになって問い詰めたりしたらそれこそ引かれる。
 はじめの頃は隣にいるだけで十分満たされていたのに、好意を持ってからずっと栄口の中の「1番」になりたかった。大好きなあの笑顔を向ける対象が自分だけになって欲しかった。
 夏から駆け足で秋が過ぎ、冬真っ只中の今日、俺はそろそろこの不毛な片思いをやめるべきなんじゃないだろうか。よくよく考えてみると男に惚れられるなんて栄口にとっては迷惑以外のないものでもないのだ。
 モヤモヤが肩にのし掛かり、息を吐くと背中がひしゃげる。栄口はまだ川の先を見ていた。いったい何がそろそろなんだろう。ていうか寒い、凍る。埼玉のくせにこんなに寒いなんて生意気だ。ぶつぶつ思っていたら、栄口の口がわずかに開き、小さく声が出た。
「あ」
 笛のような音がした次の瞬間、爆音が風を切り、空が明るくなった。俺があわてて上を向くと、栄口が見ていた宙へ、さっきの一番星が百個、いや千個あるかという数で光を散らしている。
「えっ!? は、花火?」
「あれ? 水谷知らなかった?」
「全然……」
「てっきり知っててついてきてるもんだと思ってた」
 笑う栄口の向こうでまた大きな光の円が作られる。冬の空は空気がきれいせいかどこまでも高く、火花の色もなんとなくみずみずしく鮮やかだった。花火はどうやらここからもう少し川上で打ち上げているらしく、そこから1粒の光が伸び、あっという間に空中へ到達すると、暗い空に色と光を広げる。
「水谷すねてただろ」
「なにが」
「夏んときみんなで行こうなんて話になっちゃったから」
「は、はぁ? んなことないって」
 わかってなんて欲しくなかった。それが自分のみっともないところだったから尚更知られたくなかったのに。だって少しでも理解してもらったら、俺のいい所も嫌な所も全部栄口に認めて欲しくなるだろう?そんなふうに求めるようになってしまう自分が怖い。
 だからもう、見返りなんて求めない。栄口はただ黙って俺に片思いされてればいいんだ。全身全霊の愛を余裕ですいっとかわしてくれよ。
「み……たに、……が……で」
「ごめん、聞こえないー!」
 調子はずれなテンポで音が轟き、栄口の声がまったく聞き取れない。栄口は会話することをあきらめ、花火を見ることに集中しだしたようだった。ばれないように盗み見た横顔はいつもと変わらず、きりりとかっこよかった。
 きっと今なら大丈夫、何を言っても花火の音でごまかせる。
「好きだ」
 空と同じ色にぴかぴか染まる栄口の顔は微動だにせず、上を向く瞳に花火の光が映る。
 立て続けに3回大きな音がして、やたらにでかい光のかたまりがきれいに模様を作った後、闇になじむようにさらさらと消えた。
「水谷さっき何か言った?」
「いつ?」
「最後の花火上がってるとき」
「あー……、うん」
「ん?」
 栄口は何も知らず、まっすぐに俺の顔を覗き込む。
「……寒いー!って」
 きょとんとした表情がすぐに砕けて笑った。本当のことは多分、言わなくていい。栄口が俺のことを少しでも気にかけてくれるのなら、この距離感を崩す勇気はなかった。
「つーかマジさみーよ」
「腹減らね?」
「ラーメン食って帰ろ? ラーメン!」
「お、いーね!」
 さっきまで華やかだった夜の空がすっかりいつもの落ち着きを取り戻し、花火の残りの煙なのか、それともただの低い雲なのか、わからない灰色のもやがうっすらと深い青に残っている。
 夜が進んだせいか冷気がいっそう身に堪え、俺は気を紛らわすために何度も寒いとぼやいた。ぎらぎらしていた星は来たときより幾分高い位置にあり、変わらずまぶしく輝く。
 傍らで俺に同調して寒い寒いと呟く栄口のひじと俺のひじとが軽くぶつかる。たぶん、これでいい。
作品名:花火の下の黙認 作家名:さはら