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感染接吻

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濡れたように深い色合いの髪や瞳は他者を振り向かせ引き寄せる。また溜息を吐かせる艶めいた美しき声音を所有する。上品な形をした白い繊手は器用極まりない。また残り香ですら至極しとやか。
麗しき特徴を揃い踏むけれど、欠点のない完璧なひとには成り得ない。着いて回る表現は非情そのものであり、支障なさげに真にこやかに人を貶める手管を操る。企み顔のままに、疑う此方をやんわりとあしらう所業はお手のもの。
白衣の裏側が真っ黒に塗り込められていないのが不思議でならない。
だが感心事に目を眩しい程に輝かせるものだから、最後まで憎めない。
「情が湧いてしまったんですよね、どうしたらいいんでしょう折原先生」
「ならさっさと告白するなり迫ってみるなりしたらいいじゃない」
慣れた空間となった保健室の、ベットの上までむりくり此方を言いくるめて同伴する保健室の主に相談するようになり暫くして。余程苦悶に満ちた顔をしていたのか問いただされ、髪を弄ろうと伸ばしてくる手をなるべく軽少に、刺々しくならないように払い除けながら仕方なしに打ち明けてみた。
どう受け取ったのか、言い渡して来るなり俯いた。それでも瞬時に焼き付いた、歪めた美貌は薄れない。
「俺が誘ってもちっとも好意を感じないし。帝人くんは静ちゃんがすきなんだと、そんな風に思いながら足掻いてたけど。遂に玉砕を宣告されちゃったか」
いつも此処の窓からでもグラウンドとか見えるんだ。見つめてたでしょ?自嘲を染み込ませた低い声。
「そういった感情ではないですね。単に常識の枠を超えた平和島先生を見てるとわくわくしますので」
「うん…?それならきみは誰がすきなの?」
軽い調子で訊ねる反面、瞳の色は揺るがずに透き通っている。
「すき、までは感情を持ち合わせているか分かりませんが」
前置きと釘刺しを程々にして。じいっと視線を逸らさずに見つめ、言の葉なしに伝える。
零さんばかりの、大輪の笑みが咲いた。
「じゃ、遠慮は要らないね」
「遠慮していたんですか」
「うん、これからは枷もないから、すっごいことしたげるね」
途端に華々しい雰囲気を蒔くそのひと。引き出したのが自分だというのだから、少なからずむず痒い。
「辞退します」
「照れちゃって」
片方の頬に指をそろりと伸ばし手のひらで覆い、具合のよい角度に持ち上げ視線を絡める。唇を近付け互いの吐息を混じり合わせて。
勝手なことを話す淡い色の唇を、沈黙を促す為に自分のそれで塞いだら。
仕返しとばかりに不敵な笑みもそのままで、うやうやしく捧げ持つようにしたもう片方の手の爪先へと接吻された。熱い息におやと思う。やはり風邪と感情を分け合ってしまったらしかった。
作品名:感染接吻 作家名:じゃく